人気ブログランキング |

地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
 映画を中心に、大震災を題材とした作品が完成したということにかかわる多くの情報を見聞きするようになった。今までの情報として流れていた大震災から、大震災を題材として作品化された情報が流れるという事は、それだけ客体視が進んだという事だと思う。
 はやいとみるか遅いとみるかは、被害を受けた立場によって違うと思うが、事実として客体視されることを受け入れる環境が整ったのが約2年という状況の確認。作品として取り上げられる地域は、県内では、村上真平氏が自然農業を営んでいた飯舘村が多いという傾向も感じることかな。
 最近目にした情報を整理しておく。
 「飯舘の除染事業問う 福島で記録映画試写会【朝日新聞(2013年2月15)】」
 http://www.asahi.com/area/fukushima/articles/TKY201302140434.html
 原発事故後の飯舘村の人々を取材し続けているジャーナリストの土井敏邦さんが制作したドキュメンタリー映画「飯舘村――放射能と帰村」の試写会が福島市内であった。映画は住民の目線で、除染を進める国や村の思惑を問う。
 10日の試写会には飯舘村の住民ら約30人が参加。
 その映画内容にかかわって、報道では「住民の目線で、除染を進める国や村の思惑を問う」と紹介されるが、全体が見えない。この作品が「ゆふいん文化・記録映画祭 第 5回 松川賞」受賞作品であるとの情報もあるので、第5回「松川賞」入賞作品紹介のページで確認する。
 ここでは、自然農業という領域に限らず、農業を生業とする方々が「故郷とは何か”を私たちに改めて問いかけ、“離散”を強いられる村人の姿は“家族の意味”“家族と故郷の優先順位の決断”という重い課題を突きつけられた」ことが紹介されるらしい。
 http://movie.geocities.jp/nocyufuin/matsukawa/matsukawaprize5.html
 第5回「松川賞」入賞作品
 作品名:「飯舘村 ー故郷を追われる村人たちー」

 監督・撮影・編集・製作 土井敏邦
 制作:2012年
 作品時間:59分

 福島県飯舘村。阿武隈山地に位置する標高220~600mの高冷地で6200人が暮らす純農山地。トルコキキョウやタバコの生産をはじめ、酪農・畜産業が盛んで、黒毛和牛「飯舘牛」はブランド化されている。村の自然の美しさは広く知られ2010年10月に「日本でもっとも美しい村」連合に加盟した。村の人達の仲の良さ、地域のコミュニティーの強さは村人達の誇りでもあった。
 この美しい村に、2011年3月の福島第一原発の事故によって原発から30キロ以上離れているにも関らず、風向きや降雪降雨の影響で大量の放射能が村に降り注いだ。事故から一ヶ月以上が経って日本政府は4月22日、村を「計画的避難区域」に指定し、5月末までの全村民の避難を指示した。
 映画は、飯舘村の酪農家達が、生業の源であり、“家族の一員”だった牛を手放し、避難のために家と祖先が眠る墓を残したまま村を離れ、その家族が離散していく過程を四月下旬から数ヶ月にわたって描く。避難を迫られる中、村人たちは故郷の意味を自問し、愛郷の想いを切々と語る。放射能に汚染された村で、住民、とりわけ若い親たちは子どもの被爆を畏れ、一刻も早い避難を訴えた。一方、村の為政者たちは“村”という共同体を残そうと必死に奔走する。その両者の思いの深い乖離と軋轢が“人にとって故郷とは何か”を私たちに改めて問いかけ、“離散”を強いられる村人の姿は“家族の意味”“家族と故郷の優先順位の決断”という重い課題を突きつける。

by shingen1948 | 2013-02-16 05:43 | ★ 季節便り | Comments(0)
 【こころの時代~宗教・人生~「その壁を超えて」(2013/1/27)】をみた。以下が、番組紹介。
 村上真平さんは、福島県飯舘村で自然農業を営んでいた。しかし原発事故のため、現在三重県内で避難生活を送っている。農業が好きで好きでしかたがない人を作るというキリスト教主義の農業高校で学び、長い間海外で農業協力の仕事をしてきた。その後、2002年に飯舘村に入植。事故が起こったのは、抱いていた夢が軌道に乗ろうとする矢先のことだった。決して後ろを振り向かず前を見つめる村上さんの生き方の根底にあるものとは?
 番組では、飯舘村に戻れなくなっても、決して後ろを振り向かずに、三重県内で新たな前を見つめる村上さんの生き方を称賛する。
 しかし、福島で視聴する者にとっては、村上真平さんのような自然農業者は、飯舘村には戻れないということの確認でもある。このことは、東京電力と国が引き起こした事は、福島で村上真平さんのような自然農業をもとにした生き方を否定したということでもある。
 原発事故で、最初に落胆して人生を諦めた方が、須賀川の有機農法の農業者であった事を思い出す。有機農法と自然農法の共通点は農薬を使わないこと、人のからだによい作物作りであることかな。

 その違いもあって、有機農法の視点の対象が「人」であるのに対して、自然農法の視点は自然と人間の共生に向けられるということだろうか。村上さんは番組で世界の四大文明の地が砂漠化しているという問題を語っている。
 バングラディッシュでの農業指導の体験を、福岡さんの自然農法と対比させて語られる事に納得する。
 福岡さんの「自然農法の四大原則」を確認すると、まずは不耕起、次が無肥料・無農薬、更には無除草ということだ。
 福岡さんの「わら一本の革命」を読んだことがあって、よく分からなかったのが不耕起と無除草だった。それで、その実践編まで確認してみて、自分なりに納得したことがある。
 「大地は耕さなくても、自然に耕されて年々知力が増大していく」というのは、一緒に播く雑草と共存させることとのかかわりだ。無肥料、無除草もその共存させる雑草が肥料にもなり、捲かれた種も守られるということらしい。完全なバランスがとれれば、自然は、病気とか害虫を発生させないので、農薬を使わないということだ。 共存させる具体的な植物とその方法を見ると成程と思う。

 さて、語られるバングラディシュでの体験とのかかわりは、自然のサイクル的持続可能性の話だった。
 耕した場所と雑草が残っている場所に雨が降り、雑草地に降る雨は透き通った川となり、耕作地に降った雨は濁り水の川になる。耕せば肥沃な土が流されるが、雑草の生い茂る自然の大地は肥沃な土が流されないという見え方だ。
 そこで見出した農法が、耕作地の下に種を蒔くのではなく、耕作地の上に蒔いて雑草を播き大地を覆うというものとのことだ。これで、バングラディシュの気候は直ぐに雑草をたい肥状にし、肥沃な土地にしたという。
 日本に戻って飯舘村で営んでいた氏の自然農業、そして、これから三重県で行おうとする自然農業は、大地にあった作物、荒地には荒地にあった作物を植えるという自然を読んでの農法のようだ。
 自然農法、有機農法が語るものは安全の食ばかりではない何かを教えてくれているように思う。
 自然農法とは、自然の意志をくみ、永遠の生命が保証されるエデンの花園の復活を夢見る農法である。『わら一本の革命』(序文・春樹社)
 それが出来なくなった福島ということは、その思想を喪失した福島ということだ。

 思想に関わって印象に残ったのは、インドに農業指導者を居た頃にインド人の上司から「相手との違いを語ることは戦争につながる」という話を言われたことが語られたこと。村上氏が上司との会話で「私の考えはこうです」「私はこう思います」という話法で話した時に言われたとか。
 これが、相手との違いを述べることが正当な話し合いだと思うところに争いになる落とし穴あるというガンジーの平和思想につながる話なのだとか。
by shingen1948 | 2013-02-15 06:04 | ★ 季節便り | Comments(0)