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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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タグ:新年と早春 ( 12 ) タグの人気記事

初詣

今年は、寒くて雪も降っていたので、初詣を控えていた。ニュースでは、2日に多くの方が初詣したとのことだった。
  3日は晴れて温かかったので、初詣に出掛けることにした。駅前から市内循環バスに乗ったら、どこまで乗っても100円均一とのことだった。街中移動にできるだけ公共交通機関を使ってもらうために、市の助成で行なっているとのことだ。
 乗ったバスは、目的地からすると遠回りだったようだが、均一料金なのでそのまま乗っていた。あまりバスを利用したことが無い者にとっては、均一料金は安心感がある。違ったバスに乗っても、時間はかかっても、たどり着くことができるというのがいい。また利用してみようかという気分になる。
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  神社は、思っていたよりも多くの人々が訪れていた。同じように考えた人が多かったようだ。
  昨年はどうだったか確かめてみた。一日に「硫黄島からの手紙」の映画を見て、2日には、安達太良山麓まで足を伸ばし、3日に温かかったということで、自転車で初詣にきていた。今年の始動はやや遅れ気味ではあるが、例年と同じような動向のようだ。

  昨年こだわってみた昔の人の季節感について確認してみた。
 旧暦でいうと、今日は11月26日で、二三日前に寒気が入り、うっすらと雪が降った。そういえば明後日が小寒である。まもなく師走を迎える。そんな気分だったのだろうか。
by shingen1948 | 2008-01-04 04:18 | ★ 季節便り | Comments(0)

新年を迎えて

昨年の正月は、「思考停止をめざして」と題して、正月は、今まで思考してきたことを一旦止めて、本来の自分に立ちかえることだと書いている。

自分の現実を見つめてみると、年々新年を迎える感慨が薄くなっていて、惰性で生きはじめてきている。そういう自分を自覚し、これを改善したいという思いは昨年と変わらない。
切抜きを整理し、不要なものを捨て、本箱の本を並べ替えては、懐かしい本を見つけて読みふけってみたりして正月を迎えたのも変わりない。

昨年は、食材探しに苦労した「ざくざく煮」という汁物だが、今年は、自分が生まれ育ったところに行くたびに、買い求めておいた。キクラゲは、夏に立ち寄った時には、売っているところが見つからなかったが、秋にでかけたときに見つけて買っておいた。貝柱は、おつまみコーナーで目にしたもので代用した。例年と少し違うのは、薄味にしてもらったことだ。
正月にはこの食べ物が無くてはいけないと勝手に思っている「ざくざく煮」は、今年は苦労することなく口にすることができた。
食材については、今年は昨年より少しよくなったと思っている。昨年は、野菜はできるだけ自分の少しの庭で出来たものと、道の駅や無人販売所などで買ったものにこだわってみようと努力したのだが、そのこだわりの中で見つけたのは、道の駅で見つけた安いのにおいしい卵の存在だ。生産者が、品質にこだわっているのがこちら側にびんびん伝わってくる。これが、今年の正月料理の食材に加わっている。
大げさな言い方をすれば、日々の小さな努力が、一時の満足を得させたということだ。

正月の行事をこなす中で、少しでも感度の良い感性を取り戻したいという思いは同じだが、初詣は、今年は昨日から降り積もり始めた雪のため躊躇している。晴れるまで待とう。
by shingen1948 | 2008-01-01 08:04 | ★ 季節便り | Comments(0)
旧暦1月2日月齢1.5友引庚申
初日の出を拝む習慣は明治以降盛んになったとのこと。それまでは、元旦は家族揃って年神様を迎え、四方拝をしたとのこと。
2日は初夢。これは、書き初め、稽古始め、仕事始めなど、事始めが2日であったので、二日の夜の夢を重視したとの事。

今日は、旧暦の正月2日であると同時に、十干十二支の庚申の晩だ。みんな集まって、夜を明かす日だ。庚申の晩は、男女同衾など禁忌事項が多い。
  「野仏の見方」によると庚申待ちは以下のように考えているとのことだ。
中国の道教では、人体に3匹の虫が宿っているという。この虫は庚申の夜に、寝入った人体を抜け出し、天帝に宿主の罪業を報告する。
北極星の神格化といわれる天帝は、報告に基づいて、人間の寿命を差し引く。宿主が死ねば、三尸は鬼になれる。だから、もれなく罪を報告して、宿主の早死にを望む。
庚申の夜に宿主が寝なければ、三尸は人体を抜け出せない。そこで人々は、庚申の晩は、当番の家に集まり、おしゃべりや勤行で朝を迎えるという行事が行われるようになる。
道教の思想がそのまま導入されたのではなく、平安貴族がお遊びとして流行らせ、日本的な解釈を経て庶民の信仰に変遷したそうだ。
これが、室町時代中期に、仏教や神道と結びついて発展する。江戸時代には、僧侶や修験者などが、普及指導活動し、爆発的に流行したとのことだ。

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庚申の日は年6回あるが、3年間、18庚申を勤めると三尸の力も弱まるとされる。これを区切りとして庚申塔を造塔することが多いという。写真は、ホタルの里の水神様脇の申塔。たくさんの申塔の中に庚申塔があるのも、こういった言い伝えを確認して観ると理解できることが多い。
  今晩は初夢の日であり、夢を見るには、ぐっすり眠る必要があるが、庚申待で眠れない日でもある。信心深くない現代人は、茶化すことができるが、信心深い昔人は、今晩のような時は、どうしたのだろうかと、余計な心配をしている。

 テレビをかけたまま書いていたら、NHKニュースの中で、「ソング・フォー・メグミ」という曲ができたとの報道と、実際の歌が流れてきた。昨日の映画を思い出した。歌を聞く横田さんご夫婦の顔も明るかった。
by shingen1948 | 2007-02-19 21:41 | ★ 季節便り | Comments(0)

新春の慶びを感じて

旧暦 1月1日 月齢0.45先勝癸未
昨日が 旧暦12月30日月齢28.96大安壬午

月齢的にも、昨日が、晦日(つごもり)で、月が一晩中全く出ない陰暦各月の最終日。月篭(つきごもり)で、最終月の晦日(つごもり)で、大晦日(おおつごもり)であった。
本日が、年初めの朔月(ついたち)で、月立つ気配が感じられる月の第1日目である。
残念ながら、今朝は、曇り空で月はみえない。


a0087378_755325.jpg 新年おめでとうございます。

旧暦をたどると、昔人の感性に近づけるのかとの思いで、感じるものを探ってきた。

 まず、感じたのは、月への想いである。月日を数えるということは、具体的な月のイメージを伴った活動であるということだった。
 次に感じたのは、季節感の違いである。今年は暖冬ではあるが、それでも、季節のリズムは、春らしくなったり、冬に戻ったりしながら、それでもだんだん暖かくなるという体感である。この時期に、新年を迎えることである。
a0087378_765210.jpg 新暦では、冬の盛りを体感して、春になったり冬になったりする春の息吹を感じて、ようやく春を迎える。それに対して旧暦では、暦的な春の息吹を経過する中で、春を待つ心が熟成されたところで、新年を向かえるということだ。
 二十四節季とのかかわりを確認すると、以下のようになる。
 新暦では、新年を迎えて、1月6日の小寒、1月18日の冬土用、1月20日の大寒を迎える。それから、2月3日の節分、2月4日の立春、2月19日の雨水といった春への息吹の季節を経過する。これが、旧暦では、新年を迎えるときには、暦的な春への息吹を経過したあと、春を待つ気持ちを膨らませて、正月を迎えるということになるのだ。そして、これからは、新暦の3月6日に啓蟄、3月18日には春彼岸、3月21日には春分を迎える経過をたどる。そして、4月5日の清明、4月18日には、春のクライマックス、春土用となる。


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  「新春」、「迎春」といった言葉が、一年のスタートの言葉として実感できる。
 また、新暦の2月末を年の終わりとして、辻褄合わせのように、端数調整する月とした理由も何となく分かる感じがする。
 この写真は、新暦2月9日現在馬場桜で、ツボミはまだ固く、1月5日に確認した時とそれほどの違いは無かった。
※写真は、新年になって撮りためたものを、旧暦で意識するため、本日貼り付けたもの
by shingen1948 | 2007-02-18 07:12 | ★ 季節便り | Comments(0)

故郷の匂いを感じる景色

旧暦12月24日大安(丙子) 月齢23.0
昨日は、信夫山の大わらじ奉納日であった。


a0087378_4594896.jpg  今年は暖冬で、例年と風景はどこか違うかもしれない。最近目に付いた大玉村玉井地域の風景は、藁のロールである。村の田のあちこちで藁のロールが転がりはじめた。この風景、地域の中ではなんということの無い風景だが、なんということの無い風景だから故郷の匂いがする。
  同じ大きさのロールに巻かれた藁の束に、きれいによく丸まるものだと感心している。夏から秋にかけて、刈り取った草を、丸いシートにくるんだものを見かけるが、その中身がこれのようだ。恐らく酪農関係の飼料にするためだと思う。
by shingen1948 | 2007-02-11 05:01 | ★ 季節便り | Comments(0)
a0087378_20584744.jpg 本日より、旧暦と月齢を記録してみることにする。
  旧暦のよさは、月の満ち干と直接的に関連していることだ。月の満ち干を講にまで高めた意識が実感をもって理解できるようになるのではないかと思うからだ。
また、その中で、季節とのずれを24節気に補正した配慮を追体験することで、古人が持っていた季節の感覚を、自分により戻したいとの思いもある。

  本日の暦
旧暦で、12月22日で、月齢は、21.0 先負【戌】
朝、七時半頃、南からやや西にかけて、東側が照らされた半月の月が出ていた。

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ついでに、2月5日月曜日の朝7時西の空にあった月を撮影したものを載せる。ちなみにこの時は旧暦で、12月18日で、月齢は17.0だった。
by shingen1948 | 2007-02-09 21:04 | ★ 季節便り | Comments(0)
日本人のしきたり―正月行事、豆まき、大安吉日、厄年…に込められた知恵と心 | エキサイト商品情報
日本人の元々持っている感覚を何とかして実感してみたい。最近気づいたのが、太陰暦と太陽暦の暦の使用と生命に関する実感の違いだ。月の満ち欠けの実像に、誕生、全盛、衰退を重ね合わせて、昔は、月日を数えながら、月に託された生命を実感していたのだ。
月を数えることは、月が成長し、そして滅んでいくことを単位にして、十二回繰り返すことで、新たな単位である年となる。生まれて滅する姿の実像としての月を見ながら生活するのが太陰暦であり、空虚に響く数字としての月日を数えるのとは違う。ただ、太陰暦は、季節のずれが生じる。それを、24節季等で季節と感覚のずれを統一する知恵を重ね合わせてきたようだ。

この本と出会ったのはそんなことを感じ始めていた時期だ。知っていそうで、よく分かっていない日本の習慣、確認するのによさそうなので手に入れた。

a0087378_553181.jpg 2月3日は節分で、近所から豆まきの声が聞こえた。ここは、互いに干渉することの少ない地域だし、誰だかは知らないが、その声を聞いてほっとする。節分豆まきつながりのような連帯感といったらよいのだろうか。ちょっと恥ずかしいが、こちらから豆まきの声を出してみる。豆をまいた後、「節分」の項を確かめる。
季節の前日が節分だから、一年間に4回の節分があるのだが、一年は春から始まることを大切にする意識として、立春の前日を節分としていることを読み取る。
豆まきの行事については、奈良時代の「追儺(ついな)」を原型として、現代の豆まきの形になることの説明かある。大晦日の行事が、節分に残った背景は、太陰暦では、太陽暦に比べ、一月のずれができること、春から一年がスタートすることからとある。

本年の暦を確認してみると、3日が旧暦の12月14日4日が旧暦の12月15日にあたるようだ。まもなく一年の終わりを迎える。昔ならそんな感覚の時期である。なるほどと理解する。

この本で、一つ一つの歳時記を確認することで、日本の感性に近づいていきたいと思っている。
by shingen1948 | 2007-02-05 05:16 | ★ 季節便り | Comments(0)
昨日の朝は、福島市は、突然の雪だった。例年なら驚く雪の量ではないのだが、天候の差が大きすぎる。昨日までは、春のような気温と天候だったのが、今日は冬の気温と天候だ。
福島市街地に入る伏拝の坂で、動けないトラックが数台あった。どうしたのかなと思ってみていると、雪道で動けなかつたり、スリップで斜めに止まってしまったりしているようだった。パトカーも出動して、下り車線は松川あたりまで渋滞が続いていた。
 たいした雪の量ではないのだが、突然の雪になったためのようだった。更には、大玉から二本松にかけては、うす曇で、雪の気配は全く無い。松川あたりから雪が降り始め、突然の積雪になって、判断が狂ったのだろうと想像できる。
a0087378_6305281.jpg 例年なら、今頃は雪道に慣れて、この程度の雪道ならスムーズに流れるはずだが、今年はそうはいかなかった。今年は暖冬で全くと言っていいほど、雪が降らなかったので、雪道の準備をしていない車が多かったのだろう。
 上り車線の車道は雪が溶けていて、雪の影響もなくスムーズに流れていた。
by shingen1948 | 2007-02-03 06:34 | ★ 季節便り | Comments(0)
  一月というのに、今日は温かかった。今年初めて自転車に乗ってみた。 「風に乗って自転車で」というと格好いいが、実際は「風に乗ってママチャリで」神社に行ってみた。
a0087378_18164621.jpg  今年はちょっと自転車に拘ってみようと思っている。それは、昨年の安達太良登山で、歩くときに使う筋肉と、山に登るときに使う筋肉が違うことにきづいたからだ。
  今年の安達太良登山に苦労するとは考えていなかった。コースが初心者向きであることもあるが、もともと長時間歩く習慣があったからだ。歩くのは、散策が目的で、身体を鍛えるためではなかったが、それでも他の人よりは歩いていると思っていたのだ。
  ところが、登りはそれほど感じなかったのだが、山を下る時に、膝のあたりの筋肉に痛みが走り、その痛みが3日も取れなかったのだ。ショックだった。
 登り下りのために使う筋肉と平地を歩く筋肉が違うことを実感したのだ。それなら、できるだけ階段を使おうと思った。デパートに入ると、階段で上り下りすることを基本とした。しかし、実際には、デパートは散歩コースには不向きだ。
 そうこうしていたら、あるテレビ番組で、自転車に乗る健康法というのをやっていた。その番組を何気なく見ていたら、この筋肉の鍛え方は、登り坂の筋肉の使い方に似ていることに気づいたのだ。散策を自転車に変えればいいと思ったのだ。散歩よりもスピードがあって見逃す景色があることだが、何度も散歩で歩った道なら、スピードを変えて景色を見ることもいいかも知れないと思った。歩きの散策と組み合わせれば、距離の伸びも違っておもしろいかも知れないと思った。登山も考えれば、一石二鳥ではないかとの思いもあって、自転車にこだわるチャンスを考えていたのだ。
a0087378_18173962.jpg  今日、その事始めとして出かけてみたのである。

  神社は、もう三ケ日だというのに、入り口からお参りする人が並んでいるという混みようであった。
by shingen1948 | 2007-01-03 18:18 | ★ 季節便り | Comments(0)
  正月の「~初め」と表現されている慣わしは、ほとんど考えることも無く習慣的になっているライフサイクルの確認という意味を込めた先人の知恵と思う。例年なら、買い初めとなるところだが、昨日から開いている店が多かったのでやめにした。書初めというのもある。パソコンの使いはじめに、今年は、コンピューターのファイルを整理してみた。削ったり、分類しなおしてみると、自分の頭が整理されていくように感じた。
  「若水汲み」というのもある。
 これは、日々にはいちいちあり難さを感じていない「水」というものを見詰め、新たな気持ちで味わうことだろう。昔は、正月の馳走にも同じ感覚を味わっていたのだろうと思う。普段何気なく食していることに、新ためて新鮮さを感じて食していたと思う。
 現代は日々に食事が豊かになり、便利になっている分、感じにくくなっているのは不幸かもしれない。正月でもマーケットは開くようになり、日々の延長の食事の感覚で過ごすことができるようになった。昔に比べれば、普段からおいしいものを食べている。だから、立ち止まることができにくくなっている。それはそれで幸福なことだが、改めて味わい、おいしい実感する瞬間は少なくなっているのも事実である。
 そういう意味で、今年新年に飲んだ酒を味わって飲むことができたことはうれしかった。晩酌の習慣を、一年以上やめていたのだ。健康診断のデータが気になって、それまで続いていた晩酌を控えていたのだ。日々の摂生が、このときの深い味わいになっていると思う。残念ながら、次の日目覚めが悪かったが、これも二日目からの摂生が決断しやすくなってよかったという側面もある。
 食材については、最近は季節ごとに正月を味わっている。
 野菜は、無人販売などを利用して手に入れるようにしているのだ。住んでいる地域の、その季節の野菜を中心に食したいと思うからだ。本当は自分でも作ってみたいが、それだけの土地がない。庭で、お遊びで作っている程度だ。その制限の中では、これも贅沢の一つだと思っている。実は、その季節のものを食べるというこだわりは、かえって経済的なのだが、心のありようでは満足を味わうことが多いのだ。
 先日は、偶然立ち寄った販売所ですばらしい卵に出会った。濃い色や白身の切れが、普段食べていた卵と違うのだ。この卵の発見は、今年一番のヒットだと思っている。この正月しっかり味わって食べた。
 今回は、食材の味わいと正月が重なったが、この食材のこだわりは、季節ごとに正月を感じているともいえるかもしれないという楽しみ方であると自己満足している。

 さて、今から新しい水で、いつもの珈琲を入れてみよう。今日は特に入れ方にこだわって味わって見ることにするか。
 
by shingen1948 | 2007-01-02 08:46 | ★ 季節便り | Comments(0)