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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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カテゴリ:☆ 環境話題( 33 )

「豊かな生活」について

 今の時点で、豊かさということについて考えを問われれば、二つの観点から考えている。一つは「やりたいことができること」であり、もう一つは、「自分の状況の中を楽しむ」ことである。

 「やりたいことができること」ということに関しては、真に自分のやりたかったことを思い出し、見つけることから始まる。多くの人は、仕事に就くために、自分の本当にやりたかったことを忘れたり、あるいは封印したりして今の生活を勝ち取ってきている。少しでもいい、そのことを思い出し、できればそのことに再挑戦できる機会とチャンスがあれば、それは豊かではないかと。

 「自分の状況の中を楽しむ」というのは、今まで、肩書き・流行・競争心による他人との比較という価値観を作るときの頼りにしてきたことから離れられるかということである。それがなくなったとき、それでも自分は満足した生活を送るという想定があって、思いつくままに実践してみるという挑戦から発見できるものだと思っている。

 最近、就業について苦しむ若者と接する機会が多い。そういう若者と話をしていると、自分が「豊かな人生」と「仕事」ということについて、価値観を確立することが大切だと感じる。
 今の社会で活躍できている大人の多くは、若者に対する就業意識を批判する。そのための行政改革を叫ぶ評論家も声高であるし、もっともらしく聞こえる。そのさえたるものが、フリーター対策とかいわれる行政施策である。でも、それだけが本当の問題の本質なのだろうかと考えている。
 今、会社が生き延びるために、働く人への配慮を削ることが中心的な合理化と考えている大人社会の価値観が正しくて、働くものの将来をも考えるという甘い考えは、古い価値観とする社会構成の中で、そこに入れない若者はわがままだと言い切れるのかと。
 困ったことだと、若者を指導する体制を整えようとしているようだが、むなしく思う。働く人の幸せも少しは考える世の中にしたいと考える無駄は許されないのだろうか。

 私は、若者と話をするときには、収入も大切だが、好きなことで、いつかそれが生きがいになると思われることと比べてみてほしいと話をすることにしている。 身の丈にあったライフスタイルにすることで、それでも必要な収入を考えて、必要な収入を割り出す。そして、本当にやりたいことと結びつくか、充実した時間を得ることができるかを考えるようにアドバイスすることにしている。
 実は、確立された価値観でアドバイスしているのではなく、若者にアドバイスすることを通して、「豊かな生活」について自分の考えを固めているところなのである。
by shingen1948 | 2006-10-02 09:56 | ☆ 環境話題 | Comments(0)
 例年、我が家では、夏になってもクーラーを使うことはほとんど無い。夏は暑いのに決まっているからとはいっても、ここは盆地。夜になってもフェーン現象で暑さが抜けきらないのだ。それでも、自然のままで夏を乗り切るのを家族みんながモットーにしている。

 そのために、なんとなくできた我が家の約束。
 
 ① 朝早く起きたものは、北と南を中心に戸を開けて、風を入れる。
 ② 南側の庭に植えた植物はぼさぼさでも、暑さがおさまるまで、剪定しない。
 ③ 打ち水で温度を下げる。(そのために、雨水を確保する)
 
 
 夏を乗り切る~すだれの効用_a0087378_2025182.jpg
  そこに、今年は例年以上に、家の壁やベランダのコンクリートが暑くならないように、すだれを増やして、張り巡らした。そしたら、期待以上に暑くならなかった。こんなことならもっとはやくからやっていればよかったというのが、家族みんなの感想。

 打ち水にも工夫の仕方があって、上昇気流と下降気流の発生まで考えて、風を起こさせるまでの工夫があるという。 日本家屋にあった暑さしのぎの技は、奥が深い。
by shingen1948 | 2006-09-26 20:30 | ☆ 環境話題 | Comments(0)

現代風散歩

 街をぶらぶらするのに、おおよそ三つのタイプがあると思っている。

 健康を意識したウォーキング

 有酸素運動を意識した歩き方で、正しいフォームがあり、正しい服装があり、特に靴については気を使うことが大切である。

 ショッピング
 
 買い物という目的のために、街をぶらつく。目的の自由さにはいろいろあって、目的性が薄いと散歩との区別はつきにくくなる。服装は運動着ではなく、ややフォーマルになる。

 散歩

 目的がないことが正しいと思っている。その場その場で、興味のあることに出会えば、そこに目的が生まれる。いわば目的探しのぶらつきである。無意味度100なら完璧。そのぐらい奥が深い。昔は、帽子をかぶってステッキを持つことが正しいスタイルだったが、現代には合わない。ウォーキングに近い服装にならざるを得ない。ただし、履物は自由でありたい。目的がないのに、ふらふらしているので、現代では、不審者と同じしぐさになることで、これと間違われたときの対策が必要になる。名刺を持って、いざというとき自分を証明する手段を持つことが大切である。

 現代風の散歩はなかなか難しい。
 家人でさえなかなか理解してくれない。散歩に出ようとすると
 「どうせ行くなら、○○してきて」といわれることが多い。しかし、目的が作られれば、それは純粋な散歩ではなくなる。散歩は、純粋な無意味度の追求だからだ。そこに、目的の発見があるのだ。
 でも、説明してもわかりにくいので、引き受けて出かけることが大切である。続けることが大切なのだ。いつかは、きっとあきれててくれる。そうすれば、いつかは自由にしてくれるはずだ。その日を夢見ることが大切だと思っている。

 
by shingen1948 | 2006-09-26 04:55 | ☆ 環境話題 | Comments(0)