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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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2019年 10月 16日 ( 1 )

 「TOKYO SPECIAL」は、笠井紀美子氏のアルバムだが、このレコード購入時に彼女のアルバムであるということを意識したという記憶がない。
 笠井紀美子氏についても確認しておきたい。

 「レイトショー・ナイト 笠井紀美子 (1991)」の字幕で、彼女は、次のように紹介される。

 「京都出身、1964年ジャズクラブを中心に活動を始め、1976年に「フォールインラブ」をヒットさせる。その後アメリカに本拠地を移したジャズフュージョンブォーカルの第一人者である」

 この「TOKYO SPECIAL」のアルバムリリースが1977年なので、この前年に「フォールインラブ」をヒットさせているということだ。しかし、それを意識してこのレコードを購入したという記憶はない。
 とりあえず「Kimiko Kasai - We Can Fall In Love」を確認する。

 日清食品のカップヌードルの初代CMソングを彼女が歌っているという情報にも出会った。
 確認すると、1971年の「カップヌードル ハッピーじゃないか」というコマーシャルソングのようだ。作詞 阿久悠氏 作曲・編曲 小林亜星氏 歌 笠井紀美子氏& デューク・エイセスで、これが最初のカップヌードルCMとのことだが、記憶と結びつかない。考えてみたら、この時代、自分はテレビを見ていなかったということを思い出した。

 紹介の中に「その後アメリカに本拠地を移した」とあるのだが、インタビュー記事などと照らし合わせると、移り住んだのは1978年のようなので、このアルバムのリリースの翌年ということのようだ。
 彼女が最も輝きを放っていたのは、このアメリカ生活時代のようだ。

 インタビュー記事等では、この時代に出会った演奏家の大御所について語っているが、82年リリースの「KIMIKO」のプロデューサーであるRichard Rudolph氏については語っていない。
 この方が、その後結婚して夫になる方のようだ。この方は、Minnie Riperton 氏の 「Lovin You」 の共作者であり、そのミニー・リパートン氏が若くして亡くなるまで夫であった方でもあるのだとか。こちらも有名らしいし興味深いのだが知らない。
 次回にMinnie Riperton 氏の「Lovin You」の確認もしておきたい。
 なお、笠井紀美子氏は、現在は音楽から身を引いてジュエリー・デザイナーをしていらっしゃるとのことだ。
by shingen1948 | 2019-10-16 18:11 | ☆ 懐メロ聴取記録 | Comments(0)