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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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2019年 07月 02日 ( 1 )

 鳥谷野・黒岩村の遺跡情報をもとに古墳情報を拾ってきた。その削ぎ落した集落情報から気になる情報を確認しようと思う。という事で、岩田遺跡にかかわる情報を確認し、その題も古墳という言葉を外して「散策を楽しむための鳥谷野の遺跡情報」としようと思ったところだった。
 しかし、確認をすすめていくと、気になっていたのは古墳時代にかかわる集落情報であって、題から古墳という言葉を抜く必要がなくなったので、元に戻して「鳥谷野の古墳情報⑩」として整理することにした。

 岩田遺跡の最近の調査は平成に入って直ぐの頃のようだ。
 報告書等からは民間開発に伴う事前調査だったことが伺えるが、「すぎのめ」の「最近の発掘調査から(柴田俊彰)」からは、それが店舗建設に伴う調査だったことが伺える。
 その位置だが、「福島の遺跡」では、本文で国道4号線と国道115号線の交差点から南東、阿武隈川西岸沿いにある遺構としている。
 その図示情報と照らし合わせると、国道4号線というのは、4号線バイパスの方のようだ。その4号線バイパスと国道115号線の交差点の南東の位置ということのようだ。鳥谷野方面からきた道筋との間付近ということのようなので、その国道4号線バイパス沿いの店舗ということで見当をつけてみている。

 この遺跡からは、古墳時代前期(1600年前)と平安時代の住居跡が発見され、これが当時の集落跡の一部であることが判明したとのことだ。
 発見された竪穴住居跡は16棟あるそうだが、遺物等から時代が特定できたのが古墳時代前期(1600年前) 住居跡が1棟、9世紀中頃(平安時代)の住居跡が2棟、9世紀後半(平安時代)の住居跡が1棟ということのようだ。
 特定された住居跡は年代的に途切れているが、5世紀代の住居跡を想像させるものなどもあったらしく、この地域一帯に継続的に集落が営まれていたことを推定しているようだ。

 興味深いのは、その5世紀代の住居跡を推定したという遺物についての以下の解説だ。

 「調査で出土した主な遺物は土師器ですが、石製模造品がまとまって出土していることが本調査での特徴です」としている。
 具体的には、鏡を模造したと思われる有孔円板と剣を模造した剣形石造模造品が総計で28点出土しているとのことだ。
 更に、製作途中の石造模造品が出土し、5世紀中頃の造模造品製作場跡と思われる遺構もあったとのことだ。

 この石造模造品が、特に古墳時代の5世紀にみられるものだそうだ。祭祀用として利用したと推定されているという。

 興味がそそられる理由がもう一つある。
 この石造模造品は腰浜町の旧福島大学附属附属中学校敷地内でも発見されているとのことだ。その関連があるのかないのかということも確認したことだ。
 なお、この岩田遺跡からは、平安時代の鉄製品を製造した鍛冶工房跡も発見されたとのことだ。
 古代の工房跡が重なって発掘されているというのも興味をそそられる要素の一つだ。
by shingen1948 | 2019-07-02 10:26 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)