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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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2019年 04月 18日 ( 1 )

 前回、小原集落についての手持ち資料と見比べてみたところだが、抜けているところがあった。
 その一つが、「ふくしま市景観100選」に選定されているということ。
 その選定理由が、何百年もの間 乱開発を免れてきた場所ということと康善寺の前身とされる秀安寺の庭園が今も残っているということのようだ。
 確かに、そのうちの康善寺の前身とされる秀安寺跡の雰囲気は感じられたと思っている。
 ただ、もう一つの選定理由の何百年もの間乱開発を免れてきた場所という事についてはそれほどのインパクト感はなかったと思う。
 確かに豊かな自然は残っているようだが、半沢氏が散策する頃に出会ったと想像される失われていた風景が残っているということではなかった。

 ちょっと気になるのが「乱開発を免れてきた」という表現。
a0087378_1640598.jpg この九十九折れの道筋に沿った水路は、この集落の帰りに撮ったものだ。
 多分、この上部の貯水池は、宅地造成によって減少した保水力を調整するものなのだろうと思う。 この水路は、そこから流出される水の勢いを制御する為のものだろうと想像する。
 そういう意味なら開発の負の遺産かもしれないが、その水路に沿って道路も整備されている。
 自分がここに来てみようと思ったのは、この道路を車で下れば集落に行けるという目算があったからだ。これも乱開発と同意ということなら、自分はその開発の恩恵を受けてやってきたということになる。

 もう一つ抜けていたのが、この集落全体がマホロンの遺跡データベースでは、縄文時代、奈良平安時代の遺跡散布地「小原遺跡」として登録されているということ。
 奈良平安時代の遺跡散布地というとからは、黒岩村や鳥谷野村の集落が中世資料で確認でき、更に古墳、奈良平安時代の遺跡が確認できるということだったが、小原集落も同様な背景を背負っているということになるのかなと想像する。
 また、縄文時代の遺跡散布地ということからは、勝手にこの上部の学檀遺跡との関連性を想像してしまう。
by shingen1948 | 2019-04-18 16:41 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)