人気ブログランキング |

地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン

2019年 03月 23日 ( 1 )

 帰り道に戸ノ内集落の西側の道筋に入りこんでみたことで、タイムスリップできる感覚のスイッチが入った。その感覚で浜井場古墳群の位置確認をし、近隣の古墳時代から平安時代にかけての遺跡群を確認した。
 今回の散策を振り返ってみると、散策の所々で見かけた大蔵寺村の田部屋の古碑だとか、稲荷社などが気になった。小倉寺に遷る前の大蔵寺村の大蔵寺が気になっている事との関りだ。
 開発が進んで、行ってみてもその痕跡も雰囲気も味わえないのは分かってはいるのだが、そちらを帰り道にしていた。

 取りあえずは、青少年会館前の学習湯センターに行き、そこに建つ「杉妻地区文化財案内板」を眺める。
a0087378_105823100.jpg 帰り道も含んだ今回の散策範囲を確認するとこんな感じだ。
 表示されている地図の範囲に、古墳時代から平安時代にかけての遺跡群をイメージした上で、田部屋地区を眺める。
 大蔵寺村絵図では、この案内図の田部屋橋あたりは、濁川を超えて黒岩村になっていて、集落は、その北側に描かれていた。
 それで、勝手に古代寺院だったとされる大蔵寺が大蔵寺村にあった時の旧地は、その集落近くにイメージしたところだった。

 しかし、マホロンの遺跡地図を確認すると「田部屋遺跡」は、その濁川を超えて黒岩村の範囲のヨークベニマル前の道路付近にプロットされている。
 この辺りは開発が済んで調査されるはずはないが大蔵寺村の古代寺院大蔵寺跡もこの辺りにイメージするのかも知れないとも思う。
by shingen1948 | 2019-03-23 10:59 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)