地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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2018年 03月 05日 ( 1 )

a0087378_547740.jpg これは、「国立国会図書館所蔵の唐類函200卷目2卷[20]の蔵書印が押印されている部分だ(国立国会図書館デジタルコレクション)。「国立国会図書館所蔵」の他の巻も含めて「半澤文庫」と「曳尾堂図書印」の旧蔵者の蔵書印が確認できる。

 この陰影は、「熊阪台州氏(その2)⑱~『曳尾堂』②」でふれた「阪巻・宝玲文庫の蔵書印(琉球大学附属図書館)」の中で、「琉球奇譚」に押された「半澤文庫」「曳尾堂図書印」と同じ陰影のようだ。
 この中で、「半澤文庫」は明治時代に山形の村山地方漆山の大地主であった半沢久次郎の印であるとされていた。また、「曳尾堂図書印」の蔵書印は、本来は江戸時代後期の豪農・儒学者熊阪台州の曳尾堂文庫の印であるとされていた。
 従って、「国立国会図書館所蔵」の「唐類函200卷目2卷」は、原則的には、熊阪氏が半沢氏に譲った書庫「曵尾堂」文庫の書籍であることを意味しているのだと思う。
 ここでは、「琉球奇譚」の発行が、盤谷氏死後3年後である事をもって、「半沢氏が熊阪氏の蔵書印「曳尾堂図書印」を襲用し捺印していた」可能性を指摘していた。

 それで、とりあえず「唐類函200卷目2卷」の発行年を確認すると、「萬暦46序刊」とある。萬暦は中国の明代の元号で、この時期は複雑な事情はあるようだが、取りあえず萬暦46は西暦が1618年であることは確認できる。従って、熊阪氏の三代とも所有が可能であり、その条件もクリアーできる。

 もっとも、福島を散策する散策人としては、「琉球大学附属図書館」の「琉球奇譚」も熊阪氏が半沢氏に譲った書庫「曵尾堂」文庫の書籍であると思っていることについては先にもふれている。
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by shingen1948 | 2018-03-05 10:46 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)