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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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福島の建築 ⑳

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 会津は、地元という意識を持っていたが、最近は観光客の感覚になっているのが分かる。そんな感覚で、野口英世青春通りを歩くと、町並の景観として、この黒漆喰塗りの重厚な建物のおさまりがいい。
 南側倉庫蔵などを大々的に改修して、街並みに調和させたものらしいが、街並み景観としてはメインの建物になりつつあるような気がする。

 情報も簡単に手に入る。
 建物としては、野口英世青春通りにふさわしい大正3年の建物だが、その店は古くからある老舗だということのようだ。
a0087378_631337.jpg この福西伊兵衛商店の祖先は、奈良県磯城郡唐院の庄屋で、その息子に、福東、福西、福南、福北の姓を授けたという。その福西姓を受けた祖先が、堺の商人藤井家の番頭格で、蒲生氏の時代に若松に入ったとのこと。
 現在、綿・糸を商んでいるが、当初は、鉄、砂糖、みそ、しょうゆ、漆器等、数多く手がけていたそうで、会津銀行、電力会社、会津機業を設立等ともかかわるらしい。
 この建物が建設された大正3年ごろは、使用人も多く活気がみなぎっていていたとのこと。
                           (「建築士会会津支部」のページから)

a0087378_675259.jpg これは、その向かい辺りの「紀州屋」さん。


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 そういえば、この青春通りの休みどころの花壇石垣は、会津藩中屋敷石垣の石を用いたとの案内があった。

 会津藩中屋敷石垣
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 この花壇に使われている石は、東京都港区東新橋1丁目(都営地下鉄大江戸線汐留駅南側)にあった、会津藩の江戸での活動拠点の一つ会津藩中屋敷の舟入場に築かれていた石垣の石を用いています。

a0087378_5595938.jpg この会津藩中屋敷の場所は、寛永16年(1639)に当時の山形城主であり、後に初代会津藩主となった保科正之が拝領したものです。

 さりげなく配される花壇の石でさえ、歴史的な風格を備える。小道具一つに歴史の重さを配することができるということが、伝統を大切にする街の強みだろうか。
by shingen1948 | 2010-02-15 06:16 | ◎ 福島の建築 | Comments(0)