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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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福島の建築 ⑭

 本当は、米沢街道を確認していた。まだ整理していないが、この辺りは、八島田陣屋跡(新発田藩代官所跡)などを確認したいと思っている。
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 この奥が、野田村村社だった八幡神社だ。長楽寺本荘氏の八幡の分霊だと言い伝えがあるとか聞いている。
 その八幡神社は、元吉野家の氏神だったということで、話がそれてくる。
 吉野家って、何かなと探っていく。地元では常識らしいが、江戸時代の三郡大庄屋とか。


 またまた話がそれて、昔はその屋敷跡は煉瓦造りの塀がまわっていたとか、どこかの銀行の頭取だったとかということになる。その煉瓦造りの塀は、画材として面白かったとか。福島教会と同じように、建物自体に訴える力があったということのようだった。


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 どんな感じだったのか、そのイメージを確かめたくなる。
 見たことがある人に、奥州街道の伊達あたりで何となく撮っていた写真を何枚か見せたら、曖昧だが、そんな感じかもしれないとのこと。
 ただ、これもどこの煉瓦かは確かめてはいない。
Commented by はなまる at 2010-04-29 08:21 x
参考まで。この先に吉野家の墓地があります。一見の価値はあります。県立図書館に『野田村郷土史・合本再編復刻版』・佐藤直政編、がありますので目をとおしていただくと、煉瓦工場の起こり~いろいろ経過も分ると思います。
Commented by shingen1948 at 2010-05-05 10:28
 情報ありがとうございます。今、福島八景碑とかかわる情報も頂いているので、そちらと合わせて、確認させてもらいます。昔、この資料は目にしていたのですが、権威者の視点から整理されていたので、よく読んでいませんでした。
 資料として、参考にさせていただきます。
Commented by はなまる at 2010-05-06 00:03 x
こんばんは。私が幼年の頃茶飲み感覚で人・家々を歩いて話していたオジサンが故佐藤直政氏でした。彼がこのような地元郷土史を残していたことは10年程前に知りました。フィールドワークが凄い!と思っています。明治の初めに未開の原野を開墾していった経緯と上杉時代~天領、私領として生きてきた人々の生活が分る
貴重な資料と私は理解しています。隣り近所は皆上杉関係または、吉野関係に通じる地域です。今地元のことをこのように話せる人は殆どいなくなってきたと思います。県史などの陣屋の内部図は佐藤氏の資料を引用していますね。[合本再編復刻版]を出版するにあたっては、地元の人々にこの土地の起こりや発展を再確認してもらいたい云々の主旨が何かに書いてありました。
Commented by shingen1948 at 2010-05-11 16:44
確かに、地元を知ったり、語ったりすることができる環境が少なくなってきていますね。
 多分、地域の小さな単位の塊の親密さが少なくなってきていることも一因なのでしょうね。
 
 こんな風に、資料を紹介いただけることは、ありがたいと思います。
 この辺りは、米沢街道を中心に散策していたのですが、散策している中で、煉瓦が気になってしまっているところです。
 そちらの整理の時にも、またよろしくお願います。 
 
by shingen1948 | 2010-02-02 05:30 | ◎ 福島の建築 | Comments(4)