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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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福島の建築 ⑪

a0087378_561484.jpg この建物が、地元の煉瓦供給源であったかどうかは分からない。また、「日本赤十字社福島県支部」のページによって、ここにあった日本赤十字社福島支部庁舎は、明治35年8月に建てられたという事は明らかだが、この煉瓦の建物が、その時点に建てられたものかどうかは確認できていない。
 可能性としては、「昭和18年(1943) 8月…福島療院開設」の時点と関わる可能性もある。


a0087378_592023.jpg
 この本体である庁舎は、昭和37年(1962) 2月…福島赤十字病院移転新築、平成10年(1998) 4月…日本赤十字社福島県支部移転新築と関わって解体されたようだ。現況は、便利な駐車場。
 「日本赤十字社福島県支部の福島県支部とは」というページで、失われた建物を偲ぶことはできる。


a0087378_523595.jpg 
 このページ、開いたついでに読んでみた。
 日本赤十字社福島県支部創設と関わるのが、1888年(明治21年)7月、磐梯山が爆発し多数の死傷者を出す大惨事とのことだ。
 磐梯山噴火に対する赤十字の平時救護を受けてから、県民にも県当局にも赤十字加盟の機運が盛り上がり、その翌年1889年(明治22年)6月20日、福島県委員部が設置されたという。(建物は明治35年8月に建てられたもの)


a0087378_5171555.jpg
 煉瓦の建物が気になったのは、昨年の夏だが、ここにツタが覆っていた。建物それ自体が見えなかったので、葉が枯れるのを待った。
Commented by ゴルじい at 2013-09-23 13:18 x
江川三郎八の仕事を追っているものです。この人は、明治21年から橋梁や建物の設計監督をし、35年から岡山県職員になり多くの建築に関わりました。自伝によると、明治35年に日本赤十字社福島支部の設計・監督をしています。福島県役人時代に関わった建造物について教えていただければありがたいです。
ykym7369@gmail.com
Commented by shingen1948 at 2013-10-08 16:18
「ゴルじい」さんから、以下のコメントを頂きました。
<江川三郎八の仕事を追っているものです。この人は、明治21年から橋梁や建物の設計監督をし、35年から岡山県職員になり多くの建築に関わりました。自伝によると、明治35年に日本赤十字社福島支部の設計・監督をしています。福島県役人時代に関わった建造物について教えていただければありがたいです。>
 ※ メール先の記載があるのですが、最近、不適切なコメントが多いので、用心して開かないで紹介する形にしました。
Commented by shingen1948 at 2013-10-10 06:55
 不勉強で、江川三郎八さんの名を目にしたことがなかったので、確認してみました。
 確認できたのは、「明治27年(1894)この年、金透小県技手江川三郎八設計」を「福島県土木史(平2.3.31/県土木部)」の建設年表に見つけました。
 ただ、郡山史関係や福島県史では、金透小は明治8年に、別の2名の大工さんが建てた事のみを紹介しています。
 優秀な大工さんを県職員として、研修を積ませて、県の建物を高度な技術で建築するのは、三島県令が福島県に着任てからで、明治16年以降の話。
 したがって、建築物としては江川三郎八氏の高度な技術で建築されたものだったらしいのですが、名前は創建時の2人の大工さんが残るという状況と想像しています。
 岡山県の情報をもとに、逆に照らし合わせて確認してみたいなと思っているところです。
by shingen1948 | 2010-01-30 05:25 | ◎ 福島の建築 | Comments(3)