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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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福島の建築 ⑤

 福島に残すべき街並みがないのは、明治14年の甚平大火のせいだという話を聞く。そんなものかと思っていたが、確認していくと少し違う事が分かる。
 実は、福島の街並みは、明治20年には、ほぼ大火前に近いところまで復旧していると聞く。

 最近話題になっている会津の街並みは、そんなに古い時代ではない。
 七日町あたりの風景は、明治に開発された三方道路沿いの街並みだ。その時代以降の時代も含めた街並みにこだわっているようだ。
 野口英世青春通りは、その三方道路の起点大町四辻付近が賑わったことに伴ういわば裏町の街並み群だ。
 従って、福島では、この時代、大火があったという事もあって、かえってこれに負けないぐらいの懐かしい街並みがあったはずなのだ。
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 去年の夏は、懐かしい風景を味わいながら街を歩いてみた。
 そして、三方道路の起点大町四辻の喫茶店で休んだ後、アイスをなめながら、野口英世青春通りを歩いたという経緯の中で、確認した景色だ。

 日々の生活を送る市民生活にとっては、神明通りのような機能性に富む街も必要だと思う。しかし、古くにここにすんだ者が訪れたときには、便利さだけではなく、懐かしさが再現されなければ満足できない。ましてや、家人と一緒となれば、非日常的な風景があれば、再訪の期待とつなげることができる。

 この休んだ大町四辻喫茶店が、大正の洋風建築である。
 大正10年郡山商業銀行として建てられたものとのことだ。
 銀行当時の1階営業室は、カウンターを介して客側と事務室側の床の高さが違っているので、その段差から、当時のカウンターが想像できるという。
 東側の2階建部分は後に増築されたもとのこと。その出入口は、改築によって取り付けられたものだが、その他は、ほぼ当時の形を残しているとのことだ。
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 近くの現滝谷建設の建物、明治村へ移築された安田銀行会津支店と共に大正期の会津への銀行進出を記念する建物ということだ。
by shingen1948 | 2010-01-23 06:23 | ◎ 福島の建築 | Comments(0)