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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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上岡遺跡土偶②

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 上岡遺跡があるのは、東湯野の上岡地区だ。飯坂方面から県道399線を東に向かうと、高速道路が見えてる。


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 この案内板の次の四辻を左に向かうと、稲荷神社が見えてくる。
 この辺りが、土偶とかかわりある発掘が行われたところのようだ。


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 この稲荷に、「上岡遺跡」の石柱と案内板が建っていてる。


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 この土偶が福島県指定重要文化財「雌性座像土偶」で、昭和27年に出土した場所は、そこから南西24mの地点であることを案内する。

 具体的に、この蹲踞土偶についての説明や発掘にかかわる話の案内はない。そのことについて、マホロン「福島の重要文化財解説」のページで確認する。

 発掘は、桃畑の排水口設置時に、地主の方と地元郷土史研究者の3人の方で遺物を採集したことをきっかけに、本格的な発掘調査が行われたということのようだ。この遺跡調査は、県教委の指導で行われる初期の本格的な調査だったという意義もあるようだ。この調査で、住居跡が2軒確認され、土偶もその住居跡の中からの出土されるようだ。


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 その記録の一部が、福島市史資料業書に遺物とともに、その記録が残されていて、調査されたあたりのおおよそのイメージをつかむことができる。また、この発掘調査が、東湯野教育委員会という当時の地区の責任で実施されたこともうかがい知ることができる。

 当時、まだ意識的に埋蔵文化財の保護を土地改良より優先させるという感覚は弱かったはずだ。そんな時代に、地元の研究者の地道な活動と地主の方の認識が、この摺上川の河岸段丘上にある縄文後期から晩期の上岡遺跡を発見させ、この福島市で一番有名な土偶の発見に結びついたということらしい。
by shingen1948 | 2010-01-14 05:27 | ◎ 埋蔵文化(古墳・それ以前) | Comments(0)