地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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「坂の上の雲」②

 ロケ地が分かるサイトがあるというので確認したら、昨日の場面は正解だったことが分かった。
 ただ、大原観山の私塾が、滝沢本陣だった事と、下宿先の佐久間家や旧松山藩主家が武家屋敷であることには気付かなかった。言われてみればなるほどと納得だ。まだまだ、散歩の観察が浅いという事かもしれない。

 自分にとって意外だったのが、正岡子規のイメージだ。ドラマの彼は魅力的だった。
 彼には暗いイメージを持っていて、近づき難いと思っていた。それに、和歌や俳句はもともと不勉強だったが、そこに桑原氏の「第三の文学」を読んで更に遠ざかろうとしていたところもあった。
 作品としての俳句にも興味がない上に、俳句を復権させるとか、病との戦いという悲壮感が重々しくて、近づく気がなかった。

 ドラマの中の子規が魅力的なのは、演出や演技のせいかもしれない。
 それでも、もし彼がドラマのような生き方をしていたというのなら、自分が狭い範囲で誤解しているだけかもしれないと思う。病と闘うことも、本気で俳句を復権しようとするイメージは変わらないが、人間味あふれていることと明るさが全然違う。

 悲壮感が暗くない。変な表現だが「明るい悲壮感」という感じで、これが彼の考え方・生き方の反映のはずだということだ。
 政治家を志望しての上京、自由民権運動に関心を持ち政談演説、ベースボールへの興味等々の若々しい志。そこに、苦境にもほととぎすの句を作り、子規と号す前向きさが重なる。それが、寄宿舎で会を開いたり、友人と旅行をしたりと積極的な行動になっている。
 これが、状況設定的には暗いはずの子規が魅力的に感じる訳だろうか。現に、多くの友が集まるのだから、この人間的な魅力があったには違いないのだろうと思えてきた。

 この年になって、新年に初めて氏の随筆「墨汁一滴」と「病状六尺」の文庫本を買う。
 「墨汁一滴」は、新聞日本に明治34年1月~7月まで連載、「病状六尺」は同紙に明治35年5月~9月18日まで連載、その日にこん睡状態になり、19日午前1時に息を引き取る。35歳になる直前だったという。
by shingen1948 | 2010-01-09 05:35 | ☆ 映画話題と視聴記録 | Comments(0)