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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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おおいずみの古墳群(熊野塚古墳群・金華山古墳群・田中塚古墳・小塚古墳)

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 ここは、新築の住宅が立ち並んでいるが、熊野塚古墳群・金華山古墳群・田中塚古墳・小塚古墳の多くの古墳群があった所のようだ。
 ここを新興住宅地にしようと計画されたのは平成6年とのことだ。そのために大掛かりな調査が行われたようだ。

 平成8年に調査が開始され、35000㎡という広大な調査区に、多くの古墳跡などが検出され、平成9年12月23日に現地説明会が行われたということのようだ。

 ここは、散歩の中で出会ったのではなく、まず報告書を目にして、そこを探したという経緯だ。
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 検出された古墳跡が方形周溝墓、円墳、前方後円墳など28、住居跡が9、建物跡3、屋敷跡2、井戸跡15、土抗123、柱穴・ピット1000、堀跡90などという膨大な検出だったようだ。
 出土品は、弥生土器、石器、土師器、須恵器、中世から近代の陶器や磁器などだったという。
 報告書には、カラー空中写真掲載されているが、数々の古墳の跡は、写真でも訴える迫力があった。
 調査経緯の中に、ラジコンヘリとセスナを飛ばして空中写真を撮影し、更には、クレーン車のバケットに乗り遠景の写真撮影とビデオ撮影をしたとある。伝わってきたのはその意気込みなのだろうか。


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 調査区を確認するための目印として、この金華山神社を確かめたのだが、当然、熊野神社も確認すべきだったと思うが、それは、今にして思うとということだ。


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 これは、戻り際に保原総合公園を撮ったのだが、この住宅地からは、南側に保原総合公園が見える。この公園の東側が先に整理した大塚古墳群である。
 この調査区の北東の丘が新山古墳群ということだ。
 大迫力の写真を見たことと、ここに前方後円墳が存在したということ、建物跡と住居跡などの存在の情報と現地が一致して頭の中に統合したというのが、散歩人としては楽しい。

 なお、この報告書に内山古墳に触れている箇所がある。その中に、この古墳は8世紀の古墳とあり、蕨手刀出土が記載されていた。首塚の記事の高子20境の龍背巌についての部分を今日も修正する。
by shingen1948 | 2009-12-16 05:52 | ◎ 埋蔵文化(古墳・それ以前) | Comments(0)