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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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保原陣屋山門~保原の長谷寺

 先に、「天地人の時」との観点から、保原城を整理した。
 保原町は古い市場町として栄えたところなので、町の紹介はその時代に視点が当たる。
 ということで、幕領時代の保原代官所、白河藩・棚倉藩領の時代の保原陣屋がおかれてきたという紹介が中心になる。それで、散歩で保原城をとらえるのにも、保原陣屋をもとにみつめたのだが、それに加えて長谷寺山門を整理しておくべきだった。
 これは、保原陣屋の門とのことだ。特徴のある窓は、花頭窓というらしい。
 案内板に説明がある。
 保原町指定有形文化財第2号
 保原陣屋山門
 一 建造物  山門 一棟
 一 所有者  保原町字5丁目30番地 長谷寺
 一 指定月日 昭和62年3月15日
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 当山の山門は、明治16年当時、保原総連合戸長役場として使用していた元代官所保原陣屋の門を寄付されたもので、老朽甚だしく、昭和61年門扉・門柱・梁は陣屋当時のものを用い、他は、同種木材を使用して建て替えられた、3間1戸、長屋門、入母屋造りである。
 保原陣屋は、寛保2年(1742)に白河藩主松平定賢によって設置され、一時幕領となったが、文政6年(1823)阿部正権の私領となっても引き継がれた。
 陣屋の正面は、城郭の大手門に当たるもので、その建築形態をたどることのできる門遺構は保原町の歴史を物語る数少ない貴重な文化財である。
 昭和63年
 保原町教育委員会

 この金剛山長谷寺は、保原町の中心地にある真言宗豊山派の寺で、中本寺常法談林所と称し、学問修養の道場とされた寺とのことだ。
 「伊達市観光のページ」によると、伊達西根、東根66郷、小手の庄21郷の惣本寺としての寺格をもち、真言宗の本郡本寺だったとのことだ。
 慶応2年3月20日の保原町大火で一切を焼失し、翌慶応3年6月再建したという。
 明治8年に、保原小学校舎にしたが、その翌年9年1月31日に失火により焼失したという。
 明治16年から18年にかけて再建されたという経緯のようだ。
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 観音堂は、信達三十三観音 二十四札所。聖観世音菩薩で、長谷寺ということだが、案内板では廣智寺観音堂となっている。
 「伊達市観光のページ」では、卯の花廣智寺(うのはなこうちじ)観音堂となっている。今のところ、この廣智寺については検索できないでいる。
 また、ここは前山古墳だとしているが、確認はしていない。
by shingen1948 | 2009-12-02 05:32 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)