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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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散策と情報

 散策で直接体感したことを基盤にして、それにかかわる情報を整理するというのが、実感を膨らませる。
 そうはいっても、最近は、散策にかかわる気になる情報が多い。
 遠くの奈良桜井茶臼山古墳とか、邪馬台国とかかわる纒向遺跡とかの話はさておくにしても、県内でも、湯川桜町遺跡とか、棚倉町流廃寺跡寺の遺跡など散策にかかわるニュースが次々と報じられる。

 直接体験と情報が結び付いて実感が膨らむという意味で気になったのが、鈴木氏の寄稿だ。
 「桜井茶臼山古墳と大彦命」と題したその寄稿文を読むと、奈良桜井茶臼山古墳の発掘調査の話が、単に遠くの話ではないということのようだ。題して「会津ゆかりの将軍埋葬?」とある。(「福島民報」2009/11/23)
 桜井茶臼山古墳とメリス山古墳は、出土品や規模形式が共通で4世紀初頭と前半に造られたとみている。副葬品から将軍的な性格は明らかで、大王陵との差異はないが陵墓の伝承はない。
 このことから、被葬者を大王に次ぐヤマト政権内の最高の権臣だとし、大彦命と建沼川別命ではないかという。
 大彦命を、崇神天皇の将軍とみると、この古墳が会津と結びつく。
 大和国家誕生時に、父子の王族将軍が北陸道・東海道を進んで出会った土地に「相津」と名付けたとされるからだ。

 巡り巡って、自分の散策とも結びつく。大塚山を散歩している。この大塚山は、古墳時代の前期には、会津地方で畿内とほぼ同時期に前方後円墳が作られ始められていることとかかわるのだ。
 ここに、情報のかかわりをつなげると、今年の10月に現地説明会があった湯川桜町遺跡の発掘の成果が最古からということの証になるようだ。
 湯川桜町遺跡の弥生後期の周溝墓から古代前期の前方後方墳、前方後円墳の発展が会津の地で確認されたということになるようだ。

 遠い存在と感じる情報を、身近に引き寄せていただいた。
 散策で直接体感したことを基盤にして、それにかかわる情報を整理するという手法のためには深い見識からのヒントを得ることも必要なようだ。
by shingen1948 | 2009-11-30 08:18 | ◎ 埋蔵文化(古墳・それ以前) | Comments(0)