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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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上町辺り~輪王寺跡→八幡神社

 輪王寺跡は、上町から塩野川にかけての右手辺りという見当だけつけて、現地に行って探し出すのがいい。そう思って来たのだが、それは目論見外れだ。
 実際にぐるりと回ってみたが、民家を通らずにたどりつく道が見つからない。近所の方にも聞いてみたが、知らないという。
 とりあえず、道筋に戻って、塩野川からそちらの方向を向いて写真におさめておく。
a0087378_5121388.jpg
 輪王寺跡は、城郭寺院跡ということで、合戦時には館として機能したと考えられているらしい。境内部分は宅地化しているが、北側に土塁が少し残っていると言う。発掘調査の結果、掘立柱の建物跡が発見されたという。
 今思うと、川向かいから確認できたかもしれないという気がする。

 「伊達市歴史ガイドブック」によれば、輪王寺は、梁川城に在城していた伊達11代持宗が祖母(蘭庭明玉禅尼)のために嘉吉元年(1 4 4 1)に建立した寺という。開山は太菴梵守とのことで、先の常栄寺を開山された方のようだ。
 禅尼は、岩清水八幡宮の別当善法寺通清の娘で、姉妹は将軍足利義詮および後光厳院の室となっている。このため輪王寺は格式の高い寺となったという。
 それよりも興味があるのは、禅尼は9代伊達政宗の妻であることだ。

 今回はあきらめて、そのまま梁川八幡宮を目標に北に進む。
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 八幡神社の参道が見える。ここは、2年前別の目的で通りかかって立ち寄っている。
 長い参道の両側に、鐘楼や観音堂が並び、往時の面影が想像できそうな雰囲気に感じるものがあった。
 あの時とつなかったという思い。
by shingen1948 | 2009-11-26 05:19 | ◎ 会津への路(伊達政宗) | Comments(0)