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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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古町観音

 梁川城の南側に、古町観音堂がある。
 この観音堂が気になったのは「古町観音堂は古くは利生寺観音や利生殿観音の別号もあり、東昌寺に関連するものと見られる」と、「伊達市歴史ガイドブック」にあったことだ。東昌寺の関連ということで、カテゴリーは伊達氏の観点にしておく。
 「昔は、広瀬川は、もっと南を流れていて、岩地蔵の下は東昌寺へ登る参道であったと見られる」ともある。その東昌寺は、梁川高校グランド辺りということだ。
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 この古町観音堂は、信達三十三観音巡礼札所の第三十番札所。
 「伊達市歴史ガイドブック」によると、伊達家先祖が建立したとある。
 文明4年(1 4 7 2)2月焔焼し、文明1 7年に再建したと伝えられているらしい。
 「蓮門精舎旧事」の成徳寺末寺中に「称名寺奥州伊達郡梁川不遠山利生院 天文3年甲午年起立也 開山法蓮社良授上人…」とあるとのことだ。

 半沢氏のメモでは、旧安国寺跡・文明17年(1485)の銘のある再建棟札があるという。
 現在は称名寺が管理しているという。

 神社脇に案内板が建つ。このうちの六角円堂厨子は、覗き見ることができる。
 梁川町指定文化財第14.15号
 昭和58年6月28日指定
一 名称
 第14号 木造聖観音菩薩坐像
 第15号 木造六角円堂厨子
二 所在地
 梁川町字古町地内
三 由来
 聖観音菩薩坐像
 この聖観音菩薩坐像は、江戸時代の貞享2年(1685)、称名寺8世が願主となり江戸鉄砲町の大仏師、亦左衛門によって補修された銘がある。
 像高1.45mの聖観音菩薩坐像で、江戸時代造仏の特徴をよく示す寄木造りの半丈六仏で光背は、飛天堂透かし彫りの大光背である。
 六角円堂厨子
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 六角の盤上に格狭間のある台壇に六角円堂が立ち、扉や屋根に巧妙な組物や細かい細工が施されており、近世の木工品としてはまれにみる工芸品である。
梁川町教育委員会

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 これは、古町観音堂を東に進んで、阿武隈急行の踏切を越えたあたりから、梁川城をみているが、この阿武隈急行の線路の方向が、城の東側の堀の方向になる。
 更に、古町観音堂→岩地蔵→梁川高校グランド辺りという梁川町での東昌寺をイメージする道の方向ということになるだろうか。


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 梁川城のイメージをつかみなおそうということで、南東側から城に向かってみる。
 これは、詰めの城茶臼館でいいのかな。
by shingen1948 | 2009-11-23 05:37 | ◎ 会津への路(伊達政宗) | Comments(0)