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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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舟橋北遺跡現地説明会④

 この舟橋北遺遺跡のかかわる時代の梁川の主な遺跡は、以下のようだ。(「やながわの考古資料展」出土品・遺構の整理表<1997/11月>)多分、地元の方は、このイメージでこの舟橋北遺跡を見ているものと思われる。

 古代
  古墳時代
  奈良時代    8世紀 新山古墳(横穴式石室、蕨手刀、鉄鑑) 
                梁川地方は古代織物の産地静戸郷に属する。
  平安時代10~11世紀 東土橋遺跡( 甑、羽釜、竈(かまど)付住居跡、土師器と須恵器)
 中世
   鎌倉時代12~14世紀 物見山遺跡(のろし遺構)
                伊達氏が八幡宮をまつり梁川城を築く。
                梁川城跡(本丸・三の丸) ( 各地の陶磁器、瓦、古銭、庭園)
                                            ※(中世~近世)
                大舘館跡(柱穴、土塁(古代~中世))
                八郎窯(13世紀)( 片口鉢、甕、壼)

 舟橋北遺跡の多くの遺物は、土師器も須恵器の供膳具が中心のようだ。
 説明会資料の周辺の遺跡の地図と照らし合わせると、頭の中を整理するのには、東土橋遺跡とのかかわりを想像しながら遺物を見るのがよさそうだ。
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土師器
土師器は、弥生式土器の流れを汲み、古墳時代~奈良・平安時代まで生産された素焼きの土器である。中世・近世のかわらけになるまで生産された。須恵器と時代的に並行しているが、土師器の方が品質的に下とのこと。


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須恵器
須恵器は、古墳時代~平安時代まで生産された陶質の土器である。青灰色で硬い。土師器とは色と質で明瞭に区別できる。5世紀に朝鮮半島南部から伝わり、土師器より高級とのこと。


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かわらけ
かわらけは、中世・近世の皿の形をした素焼きの土器で、一般的にはものを盛るための器とのこと。


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 すり鉢は、地元の八郎窯とのかかわりが類推できているようだ。出土品・遺構の整理表で確認すると、中世、鎌倉時代の13世紀ということらしい。


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 その窯は五十沢らしい。そこで出土したすり鉢が参考に展示されている。


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 展示されていたのは裏側だったが、お願いして内側を撮らせていただいた。それは、西山城で出土した「すり鉢」と見比べてみたかったからだ。西山城の遺物は、底の部分だけの片で、内側しか見ていなかった。


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 灰釉陶器片についての説明は無かったが、この陶器は西山城での説明とのかかわりでが気にはなる。
 「やながわの考古資料展」の中でも、梁川城の出土陶器片について、青磁片の中には14世紀までさかのぼる古い碗や高級品の壺などがあるとの解説がみえる。よくわからないが、その高級ということと、どこからというかかわりで気になる。


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 渡利の町頭遺跡とのかかわりで、この遺跡の火を炊いた跡の写真も貼り付けておく。


a0087378_5385458.jpg 隣の東土橋遺跡では、その他に平安時代の住居跡から長胴甕と、米などを蒸すための甑(こしき)や羽釜も出土しているとのことだ。
 今回は、かかわりと独自の観点から整理してみた。
 
by shingen1948 | 2009-11-04 05:41 | ◎ 埋蔵文化(古墳・それ以前) | Comments(0)