地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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舟橋北遺跡現地説明会②

 この遺跡の多くが、奈良時代以降平安時代前半までの集落跡という視点でくくれるもののようだ。
 その中で、地元の新聞が注目して報じたのは、銘のある蓋だ。
 その遺物は、今回の発掘地点の中心部にあたる住居跡から発掘したようだ。この住居跡は、平安時代の建物跡と一部重なっていて、説明資料では奈良時代の印がしてあった。
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 文字が彫られた土器は奈良時代の土師(はじ)器のふたで、両面黒塗りだ。そこに表に鋭利な道具で引っかいたように「真刀自」と彫られている。


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 土師器は、古墳時代から平安時代にかけて使われた、弥生土器の系統を引く素焼きの土器。
 刻まれた「真刀自(まとじ)」の文字は位が高い女性の名前を示しているとのことだ。
 「刀自」は、年配の女性の敬称で、家事を取り仕切る「戸主(とぬし)」が語源という説があるという。ここに、「真」という力を持った女性か、位の高い人物の妻が、この地に住んでいたと想像できるということのようだ。


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 現地説明会では、その蓋が裏返しの状態で出土した様子を説明された。


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 そこと重なって発掘されたのが、平安時代の建物跡とのことだ。
 約3メートル四方の柱跡だが、中央に柱があるということで、これを建物跡とするようだ。


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 説明資料では、2号住居跡と建物跡が重なって発掘された様子が提示され、建物跡のイメージ図が示されている。現地の表示板を確認すると、4号建物跡と名付けたようだ。
 住居跡と建物跡の違いを見分けるひとつが、中央に柱跡が建っているということらしい。


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 説明会では、発掘された西奥の3号建物跡に柱が建っていて、イメージづくりを助けてくれる。
by shingen1948 | 2009-10-30 05:03 | ◎ 埋蔵文化(古墳・それ以前) | Comments(0)