地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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渡利地区の阿武隈川沿いの風景④

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 小倉寺集会所付近の旧国道114号線で、切り取られたこの細道が、鳥谷野舟橋・渡船場へ続く道のようだ。


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 この道を進んでいくと、阿武隈川の土手になるのだが、そこに鳥谷野舟橋・渡船場跡について説明する案内板が建っている。
 それによると、ここも松齢橋と同じように、船橋があったようだ。松齢橋が、明治16年にできて、この橋は明治23年にできているということのようだ。
 それ以前は、渡しだったとのことだが、位置はここではなく、100m上流とのことだが、その道が、先に勝手に川俣への古道と思った道とつながっていたということのようだ。

 史跡 鳥谷野舟橋・渡船場跡
 ここに、明治23年から昭和16年の大洪水まで「鳥谷野橋」と呼ばれた舟橋がありました。両岸にワイヤーを張り、舟を横列に16隻つなぎ、各舟に櫓を組み桁を通して、その上に板を並べ、人・牛馬・荷車から荷馬車まで通れるようにしたものです。
 それより昔は、約100m上流に「渡し舟」がありました。その歴史は古く、文治2年(1186)佐藤庄司の郎党が、この渡し場を渡ったとの説があります。
両所とも、長い間福島と川俣をつなぐ、重要な通路として利用されてきた史跡です。
 昭和63年3月吉日
 渡利歴史研究会
 贈 福島東ライオンズクラブ



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 対岸を望む。


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 その対岸は、鳥谷野地区になる。こちら側の案内板自体も違うし、案内も鳥谷野舟橋と渡船場跡を分けて案内している。

 ここは鳥谷野船橋跡の入口の案内で、渡船場跡は、この東側にある。鳥谷野地区では、鳥谷野船橋跡を次のように案内する。


 鳥谷野船橋跡
 明治23年、鳥谷野村38名、小倉寺村2名の出費で橋は完成したが、秋に大洪水で流出、後復元した。船に桁でつなぎ、板を渡したものであった。昭和13年に蓬莱橋ができて船橋の役目は終わった。北原白秋の信夫小唄に「怖い鳥谷野の船橋ならば~アラヨイショ~渡れやすまいに~エーソリャ~なぜわたる 逢ひに行く行く~アンナシ~なぜわたる」

 渡利地区の案内と違うのは、橋の役割を終える時期だ。こちららでは、昭和13年に蓬莱橋ができて役割を終えたとしている。渡利側では、昭和16年の大洪水で橋が流されたとする。
 この脇が、地区の集会場らしい。古くからそうらしい。


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 ここから、渡利地区の案内板のあった対岸を望む。


 渡利地区の阿武隈川を渡る橋の架設を確認しておく。
 松齢橋が、明治16年に舟橋ができて、大正14年(1925)に現在の橋に架け替えられている。
 次にできたのがこの鳥谷野橋で、明治23年から昭和16年の大洪水まで、あるいは、昭和13年に蓬莱橋ができるまであったということだ。
 天神橋は、意外に新しい。昭和39年(1964)の架橋だ。
 弁天橋と大仏橋の架橋は、国道4号線バイパス工事に伴って架設された。
 昭和47年(1972)に現在の下り線の橋を利用して対面通行で暫定的開通。昭和50年(1975)に上り線の橋が開通。
 昭和54年8月に三本木橋が架設され、そして、平成8年3月国道114号線バイパス工事に伴って渡利大橋全面開通(4車線)。
Commented by TUKA at 2009-10-23 20:24 x
先日の質問の回答に繋がりそうですね。
渡し場に舟橋を架けたとばかり思っていたのですが、100mもずれていたとは知りませんでした。
ということは、それぞれの場所に通じる道が、それぞれあることに・・・。
明治・大正期の著しい変遷の歴史と位置をもう少し調べてみます。
Commented by shingen1948 at 2009-10-24 05:42
 分かったらまた情報ください。

 近年も、この渡利地区は変わり続けていますよね。
 散歩していて感じたのは、その変化の引き金が、阿武隈川に架かる橋というとこのようだということです。
 橋の架かる順序が、多分住民の方々の誇りともかかわってきているのだろうなとも感じています。

 松齢橋が、この地区で最初に架かるのは、それ自体の必要性と共に、鳥谷野渡しが十分に機能していて、これを橋にする必要性が低かったということでしょうし、松齢橋が先に架かったことが、渡利地区の姿を変える引き金になると同時に、この渡しの必要性を薄めていったということでもあるようで、……。
 地域に関心の深い方の複雑な想いのようなものを想像してしまいます。
by shingen1948 | 2009-10-23 05:18 | ◎ 水 | Comments(2)