地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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渡利地区の阿武隈川沿いの風景

 手持ちの資料によると、前河原バス停から信夫発電所と東根堰に向かうあたりの阿武隈川に、献上梁場跡があるとのことだった。それを確認しなかったことが気になって、日を改めて出かけた。
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 旧国道114号線の蓬莱橋を過ぎるあたりから、阿武隈川の様子を確かめながら進む。
 黒岩虚空蔵堂・満願寺・春日明神などが祀られる小山が対岸に見える。


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 河原で魚釣りの人影がみえるが、その対岸の降り口に施設のようなものが見えるが、よく分からない。


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 少し進むと、旧国道114号線から阿武隈川が見えなくなるが、直ぐにまた川沿いに進むようになる。
 その対岸あたりが、小原という集落があったとのことで、ここが康善寺の旧地という。
 元和6年(1620)に西根堰開削者古河善兵衛が、ここから秀安寺を中町に移して、康善寺と改称したとのことだ。

 ここから、献上梁場跡を見ることはできる。ただ、前河原バス停までは、国道から河原に出てこの梁場に抜けれそうな道はなさそうだった。


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 前河原バス停から信夫発電所と東根堰に向かう細道に入ってしばらく行くと、献上梁場跡の入口を示す標柱が建っていた。先日は、これを見逃していたらしい。


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 畑の中の細道を進むと、竹藪になっていて河原に行けそうな所がなかなかみつからなかったが、南側の端からなんとか河原に出られそうな所を見つける。


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 河原に出てみると、石を組んで人工的にいじったのだろうと思われる風景がみえる。ただ、献上梁場跡という情報を得ているのでそんな風に見ようとしているのかもしれないが、……。
 ここは、福島藩が、将軍家への献上鮎漁場らしい。眼下8寸以上1800匹を中秋に樽塩漬けにして江戸へ送ったと聞く。


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 この上流に釣り人が見えるが、この辺りは誰もいない。
by shingen1948 | 2009-10-19 06:07 | ◎ 水 | Comments(0)