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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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渡利地区の東根堰②

 東根堰がこの地区で活用できるようになるまでは、溜池が中心だったらしい。
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 東根堰が顔を出すその近くのアパートが建っているあたりにも昔は溜池が二つあったと聞く。平ケ森沼跡ということなので、確認できそうだが、今のところこの辺りかなと思っているにすぎない。

 東根堰開通以前の渡利の人造湖ため池は20数か所あったという。その主なものとして、この平ケ森の上下、越沢、土入、寺ノ入、大豆塚、松ケ作、滝の下上下、滝の入、茶屋の上下、下野、前野、久保、八月内等々……。
 その中で、現在も残された景色となっているのは、70mラインより上部の水利用のあるところのようだ。


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 これが、大豆塚の溜池だった所を、東根堰開通に伴って改変された調整池だと思っている。
 この脇道を登ってみると、この橋の下を小川が流れているのが分かる。


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 それを追っていくと、かなり上流から小川が流れているのが分かる。この水が今でも70mラインの上の耕地を潤す役目を担っているのだろう。


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 その小川が、東根堰が流れる70mライン近くになると、こんな景色だ。
 左側が今はアパートなっていて、その脇が調整池になっているが、この小川が溜池に入水する水路であったのだろうと推測できる。
 それを直接東根堰に戻すように改変した景色だと思える。
 アパート脇に残す貯水池を、増水時にその緩衝の役割をする池にして、溜池のもう一つの機能を残したものだと思える。こんな風に、実感をもつて溜池時代を想像できる景色だと思っている。


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 この右側の景色が、町頭遺跡だ。
 
Commented by TUKA at 2009-10-16 18:52 x
平ケ森沼はここで間違いありません。
まず下段の沼が埋められて写真のアパートが建てられました。
上段の沼は堰堤から水面が見えないほど草木に覆われていましたが、釣りができました。
その後埋められ、似たようなアパートが建ちました。
当時東根堰には「ふた」がなく、渇水期にはトンネルの中にも入れました。
反対側まで歩いて抜けた猛者もいたようですが、
私にそんな根性はありませんでした。

瑞竜寺付近ではホタルが飛び交い、サワガニもいたのですが、
今はどうなんでしょうね。
Commented by shingen1948 at 2009-10-17 17:42
 情報ありがとうございます。
 この地区のよさを原風景として心に刻んでいらっしやるようで羨ましいです。
 開発とこの堰がうまく共存していると感じていましたが、確かに生き物とのかかわりという点では、変化が起きているのでしょうね。
 生き物自体を確かめてはいませんが、瑞竜寺あたりの水路はコンクリートで覆われていました。むしろ春日神社の南辺りが、生き物が住みやすそうに思いましたね。
by shingen1948 | 2009-10-16 06:00 | ◎ 水 | Comments(2)