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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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弁天山⑪

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 八幡院とバイパスを挟んだ東側に、瑞竜寺という寺がある。
 ここは、言い伝えでは春日山の中世の館に居城した亘理兵庫頭の息女豊姫が、天文10年(1541)に開いた高林寺の再興された寺とのことだ。
 この高林寺は、明治8年(1875)明治の国家神道政策の中で取り壊され廃寺になったとのことだが、明治11年(1878)に瑞竜寺として再興したと聞く。

 明治4年(1871)頃までは、ここに寺小屋も開かれていて、明治6年(1873)に渡利小学校が開設したが、校舎ができる明治10年(1877)まで、佛眼寺と1年交代で学び舎となっていたらしい。


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 この寺の北側から南側の山沿いに共同墓地が広がるが、その共同墓地と寺の間に六地蔵が建っている。


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 そこから寺の裏山に入る道があって、直ぐに豊姫の墓といわれている石塔が建っているとのことだが、その石塔だと思う。この奥が、地元の方がばば沼とよんでいるというところなのだと思う。

 最近、この寺で渡利に投下された爆弾を通して戦争を考える劇があったというニュースをみた。その爆弾の破片はこの寺で保管されているらしい。
 その爆弾は、昭和20年(1945)7.20朝投下されたもので、1名死亡、農家2軒が火災と聞く。破片が村中に飛び散り裸足での耕作が不可能になったとも聞く。

 ここから、第二配水池を挟んだ小倉寺側には、京都要法寺25世という高僧が退隠して住んでおられた家があるというようなことも聞いた。
 このあたり、自然の中に神秘的な力を想像させる風景が多く、どこか宗教的なかかわりが深く感じられる土地柄と思えてきている。 
 案内板も個人的に建てられたもので、超自然的な存在に訴えて、降雨、豊作、などの望ましいことの実現をめざす呪術的な事柄の表現が目に付いたが、これもこの風景にマッチする。
by shingen1948 | 2009-10-14 15:06 | ◎ 山歩きと温泉 | Comments(0)