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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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弁天山⑩~吾妻山信仰と渡利

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 奇岩に、御幣束を立て、御来光を仰ぎ諸処の祈願をしたという的場石の管理社が八幡院で、日照りの年には近郷の人がここに集まり、雨乞いの儀式を行っていたとのことだった。
 そして、この八幡院それ自体も霊験あらたかな聖地として知られているとのことだったが、その院の地が、この渡利の山際だ。
 この寺の奥に不動堂があり、そこを通り過ぎ、山神をの脇を通っていくと的場石にたどり着くという地形になっているらしい。
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 この院は、吾妻のイメージを確かめ始めた時に、それとかかわっているとのことで気になっていた。

 この院で仏道を修められた方が、明治以降の吾妻山再興にかかわって活躍されたとのことだった。この方は、更には天台宗総本山とかかわって僧侶として会得するとともに、修験道に励んでおられたとの情報だ。
吾妻山信仰の再興を祈念して、30年間にわたり、春峰・秋峰に53回の参加、大峰山奥駈け2回、熊野山奥駈け1回、という山伏的な実践体験を修めたとのことだ。更に、谷地平などで彩灯大護摩法会を開催したり、白鳳寺遺跡碑や石塔を建立し、天台寺門宗最高位の第三世「管長」に就任されたとのことだ。
 案内板を確認するが、そのことについてはよく分からない。
 情報には、「正先達」→「阿闍梨」→「大僧正」→「管長」と権威を昇りつめる紹介もあったが、それよりは修験道の実践体験者の存在として興味を持つ。その方と的場石とのかかわり、十万却山、五輪石とのかかわり、雨乞いとのかかわり等々……。
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 とりあえず、院前の吾妻山大権現の前に立たせていただく。
 この吾妻山大権現は、その方が昭和16年に、吾妻山修行15回を記念して建立したものと聞く。
 それらの事をよくご存じの方々にとっては、ここ自体が霊験あらたかな聖地なのだろうなと思いながら。
by shingen1948 | 2009-10-13 05:31 | ◎ 山歩きと温泉 | Comments(0)