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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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弁天山⑦~古道と五輪石


 信夫の細道の一段低い所を東に走る細道は、尾根を走る信夫の細道と並行して、小倉寺まで進み、そのまま絵馬平に抜けて、川俣街道と重なっていく。勝手にそちらに向かう古道だ思うが、確かめてはいない。
 この道沿いの風景は、道順に沿って見つけていったのではなく、通るたびに少しずつ見えてきたものだが、道順に整理していく。
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 弁天山から少し進むと、的場石への案内版が建つ。信夫の細道の南側を並行に進んでいることが分かる。


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 更に進むと、案内板がなくて分かりにくいが、この右側の道を下ると五輪石稲荷への道になる。この五輪石稲荷は、古い道案内はもちろん、花見山を中心に散策するためのウォーキング・トレイル駐車場に建つ案内板にもプロットされているのだが、標識はどこにもない。地域の方にとっては当たり前すぎて案内する必要のない目標物としての存在らしい。


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 坂道を下ると、突き当りの民家の前を右に折れると、


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 別の民家の屋根越しに、下界の景色が目に飛び込んでくる。


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 その道を左に折れて進むと、うっそうとした景色が現れる。ここが、五輪石稲荷だ。
 小林金次郎氏が『ふくしま散歩』で、森鴎外が主人と椿館に登り、椿館の物語に耳を傾け、やがて小倉寺の五輪石も訪れたと紹介した所だ。そうあってほしいという希望的な観測だった可能性も高いが、物語の風景として相応しいとも思う。


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 自然石のようだが、巨大な岩石が風化して割れ、五つの重ね石に見える。半沢氏によると、もとは「五輪石観音」と称していたのだが、明治以降神社になった(させられた)ということだ。
 「五輪の石」は、供養塔のイメージのはずだ。上から「空」「風」「火」「水」「地」をあらわし、最下段の「地」とその上の球状の「水」の間に納骨するというようなことをイメージしているはずで、観音が似合っているような気がする。
 少なくとも、この奇岩に自然の営みの「神のような」奥深さを感じているはずで、「修験」ということが更にイメージされるが、ここは渡利村ではあるが、合併前は旧小倉寺のはずではある。


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 下から登る道沿いにある鳥居の脇には説明案内板が建っているが、朽ちていて読めない。花見山から続く登山道としての明るいイメージで再整備されるには、不似合いなのかもしれない。


 細道は、福泉寺参道門を過ぎて、もうひとつの信夫の細道入口を越して、大蔵寺に向かっていく。
by shingen1948 | 2009-10-10 06:43 | ◎ 山歩きと温泉 | Comments(0)