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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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十万却山へ

 十万却山へは、春日神社のハイキングコース道案内を参考にして散策した。ハイキングコースそのままを進んだわけではない。
 ハイキングコースの「山口・霊山へ向かう道」とあるところから十万却山頂をめざすことになった。山口あたりをママチャリで散策していて、このハイキングコースと重なったのだ。高低差を考えると、ここからハイキングコースに入るのが楽かもしれないと思ったのだ。
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 山頂に向かうための案内板は、錆びついていていた。
 春日神社の前に建つ「十万却ハイキングコース」の案内板では、この辺りは「塩の道」で、女形、茶屋桜を経由するコースと重なっている。

 まずは、その二つのポイントを整理しておく。


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 女形は、女形道祖神のようだ。個人的に地域の方が建てたと思われる案内板が建つ。前半は、十万却山にかかわる伝説と、この女形石とを関連させて説明し、後半が、この道祖神の信仰にかかわる説明をしている。八十八夜講とかかわっているらしいことが分かる。

 女形石由来記

 住昔(むかし)天平15年(743)10月聖武天皇詔(みことのり)して東大寺盧舎那仏(るしやなぶつ)像建立を発願し給う折、宮中の尊崇ありし名僧行基命を拝し、弟子を率いて勧進に旅す。陸奥国に黄金ありとて北上し十万劫(じゅうまんごう)を経て此の地に至り、暫し憩わんものと傍らの石を見「奇なる哉、女の形なり」と声高に呼ばわりたり。
 その僧村人に新田開墾を説きて去れりと、後に行基菩薩なりしと知りてこの石を崇め女形石(めのかたいし)と称えしが、時移りて女形石(おながたいし)となり常に婦女子の信仰を集め霊験あらたかなりと広く伝えられる。古来年々八十八夜をもって例祭となす。
 昭和55年(1980)12月安田義一誌



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 茶屋の桜は、錆びた案内板を少し過ぎたあたり、渡利鍛冶屋ヶ原にある。福島市指定天然記念物になっている。推定樹齢300年、樹高約12m・根回り約3.6mのヒガンザクラの一種とのことだ。「茶屋の~」とあるのは、ここが旧川俣小国街道の追分で、ここに茶屋があってその前にある桜ということを意味しているらしい。


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 この辺りは、個人的に整備されていることを記す表示板が建つ。


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 「塩の道」の旧道と思われる道筋が整備されていた。

 ここから山頂へ行ってみようとは思ったが、ママチャリをどうするか迷う。ここにママチャリを置けば、戻ってくることになるが、そのほうがいいのか、そのまま進んでいくことになるのかが分からない。

 この辺りを知っている人には笑われそうだが、ママチャリを手放さずに山頂に向かうことにした。

 錆びたままの案内板の訳は後でわかる。
 新しい道案内は花見山散策が中心になるらしい。それで、十万却山へ導くのも、花見山を経由するようにするらしい。それに伴う新たに設定整備が進んでいるので、こちらから十万却山へ導かれることはなくなるようだ。
 これからは、花見山が脚光を浴び、ここはその裏側の地味な景色でとなり、影に隠れる風景になる運命のようだ。
by shingen1948 | 2009-09-26 05:39 | ◎ 山歩きと温泉 | Comments(0)