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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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春日神社③~蚕祖神社

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 弁天山に行ったとき、蚕祖神社についての案内板が椿館山にあって、やや下った所に標柱がある。しかし、蚕祖神社それ自体が無いのが気になっていた。
 自分の弁天山の記憶の中には確かに神社が存在する。
 確かめていくと、弁天山というのは、一つの峯を称する場合と、三つの峯の総称として使われることがあるらしいのだが、この蚕祖神社は、東端の峰にあったらしい。それが公園整備のために撤去されたらしい。


 春日神社を整理してみると、春日神社の拝殿の右手奥にこの蚕祖神社が写り込んでいる。<春日神社(渡利) >更に、写真を確かめていたら、
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 鳥居の右手には蚕祖神社の標柱が写っていた。
 この神社が、あの弁天山から移築されたものか、ここに元々建てられていたものかは分からない。
 しかし、伊達、信夫そして飯野川俣あたりの範囲が、この養蚕が基幹産業だった頃、地域がプライドを持って、活気を呈していたということが分かる案内板だった。
 事実確認前だが、とりあえず、弁天山に残されていた案内板の説明を、ここに転記しておく。

ふるさとの良さを見つけよう
 史跡 蚕祖神社
 この社は、昭和11年(1936)県立農養蚕高等学校の前身福島県立蚕業学校の同窓会が、母校の創立40周年記念事業として、蚕祖神の稚皇産霊神・大宜都比売神の2柱の神と松川関谷の蚕養神を合祀勧進した神社である。
 この社が、その実技を学習する県内唯一の学校であった蚕業学校の同窓生の手によって勧進されたことにも全国的にめずらしく福島県が養蚕県として全国的に1.2を競った時代と考え合わせて、意義のある神社である。
 御神体には、桑葉を捧げる坐像の蚕祖神2体がまつられている。

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by shingen1948 | 2009-09-25 05:08 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)