地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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春日舘

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 これは、町頭遺跡から眺めたこの丘陵が春日山だ。地元では「殿上山」と呼んでいる。この山頂が春日舘らしい。

 福島市史では、この舘を、亘理安房守が居城したという信達二郡村誌の説を紹介する。備考には、山上平坦、雷神社あり、南面半腹に春日神社あり、安房守は伊達家の臣亘理氏の祖先と記している。
 町頭発掘現地説明会で展示された春日舘の資料に、この舘についての「信達二郡村誌」記載が紹介されていた。
 ※ 信達二郡誌
 春日館故址 中部館(春日ヲ省キ館ト称ス)ノ山上ニ在リ 此山平田ノ中ニ屹然峻峙シ 北西険ニシテ潅莽陰鬱半腹今僅ニ塹濠ノ形ヲ遺ス 絶頂平坦ナリ 雷神社ヲ安ス 南面ノ半腹ニ村社春日神社鎮座ス
 
 ※ 信達二郡誌に「亘理安房守(旧仙台藩伊達氏家臣亘理家の祖先と云う)城主て居る所と言云う」とある。伊達実元の子成実(大森城主)をさすとみられるが、検討を要する。

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 この舘に登ってみたのは、まだそういった知識はなかった。この辺りをどんなふうに楽しめるのかを探っていて、春日神社にたどり着いた。


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 そこに古い案内板が建っていた。この日はとりあえずこの神社のその近間の雰囲気をつかもうと思って、この春日山の周りを歩いてみようと思った。


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 神社の道路が、町頭発掘現地説明会のあった西側を山沿いにつながるのだが、その道を北側に回り込むと、殿上山散歩道の入口の表示があった。


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 もう少し行ってさくら保育園まで回り込むと、愛宕大権現への石段へ導く案内板が出てくる。そこから山頂に行けるという案内だ。ここで、道案内するときにはこの山は殿上山ということになるらしいことを知った。


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 幼稚園側からみた殿上山。

 とりあえずぐるりと回り込みながら様子を確認することにした。山の北側は山際まで民家が建っていて近づけそうもなかった。


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 更に東側に回り込んでいくと、花見山へ導く道案内があるのだが、その道沿いに進んで、この山に回り込める道を進むと、殿上山山頂への案内板が出てきた。


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 そこから登っていくと、南側の殿上山が姿を現す。


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 更に進んで、この山を見上げると、館跡という雰囲気が景色に現れる。


 本当は、この日は周りの様子を確認しただけでやめようと思っていたのだが、この景色にまねかれているような気がして登ってみることにしたのだ。
by shingen1948 | 2009-09-21 06:04 | ◎ 会津への路(伊達政宗) | Comments(0)