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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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町頭遺跡現地説明会⑤

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 今回の発掘で住居跡が一棟見つかったとするのは、かまどの部分が確認できたからのようだ。ここは畑だったようだが、その整地の時に上部はすでに壊されたらしく、素人目にはよく分からない状態だ。


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 いくつもの柱跡と思われる小さな穴はたくさんあるが、先に発掘作業をされた方の話だと、形や太さだけでなく、その深さもいろいろだという。基底に届くほどの深さの物もあったということだった。
 説明資料では、多くは角柱であったと思われるとのことで、中世から近世にかけてのものらしいとした。しかし、しっかりとした固定的な建物というイメージではなく、建て替えが頻繁に行われたというイメージのようだ。
 近くの春日館との関連性を考えられなくもないということでの配慮かな。


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 奥の表示板のある土坑からは、平安時代の土器がたくさん見つかったということだ。それが、町頭遺跡現地説明会③の後半に整理したように展示されていた遺物だ。岩崎町遺跡との関連させた展示で、ここが平安時代の遺跡とのかかわりをイメージしやすい工夫の展示だったということだ。近くには、多くの平安の遺跡がある。
 なお、先日「福島の考古学遺跡」の地図を眺めていたら、岩崎町遺跡の今回展示紹介されていた発掘現場のやや西側に岩崎舘がプロットされていた。


 今回のこの遺跡の発掘で、特徴的な事は、焼けた土と炭焼きの穴の発掘だろうか。
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 焼けた赤土は堅く、叩く音は甲高い。低温ではなさそうで、説明では1000℃程度の高温が予想されるらしい。ということは、鉄の加工を想定しているようだ。(奥の車が写っているその左側にある表示板の所がかまど)


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 もっと寄ってみると、こんな感じ。
 土器を焼いたり、炭を焼いたりするのならこれどの高温にはならないとのことだ。
 設備等からは、修理とか二次加工が考えられそうだ。


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炭焼き穴も4つ見つかったという。


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 もっと寄ってみると、こんな感じ。


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 この鉄の加工材料として使ったのか、それともむらの暮らしとかかわっているのか。


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 今回の発掘の全体図


 この辺りを散歩していて、どう整理するかイメージできないところがあった。それが、今回の説明会に参加して、何となく古の息吹が見えかけたと様な気分になってきている。
 その気分をもとにして、このあたりの散歩を整理してみたい。
by shingen1948 | 2009-09-20 05:52 | ◎ 埋蔵文化(古墳・それ以前) | Comments(0)