地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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町頭遺跡現地説明会③

 岩崎町遺跡では、たくさんの遺物が出土したようだ。最も多かったのは土師器と須恵器で、墨で文字が書かれた土器もあったという。鉄製の小刀・斧・鍬の先・矢じり・紡錘車などもみつかっているとのことだ。
 ここに展示されたのは、その遺物のうちの土器が中心だ。この町頭遺跡出土土器片と見比べやすいようにしたのだろう。
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 土師器の鉢と杯などだ。


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  土師器の甕もある。


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 須恵器の杯と瓶も、

 「ふくしまの歴史」によれば、10世紀はじめ頃は、茶碗のような大きさの土器が食器として使われていたが、この遺跡で発見された10世紀中ごろの土器は、皿で小さくなっているという特徴があるという。
 このことから、大型の杯は木製の椀にかわっていったと考えているという。
 9世紀の須恵器を焼いた窯では、杯がある程度生産されていたようだが、中世の陶器を焼いた窯では、壷・甕・鉢が中心という。


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 平安時代の瓦も出土しているらしい。
 案内にはないが、橋を渡れば腰浜廃寺跡も近いなぁなどと勝手にその関連などの想像が広がってしまう。


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 そして、今回の調査で見つかった遺物が並ぶ。


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  34号土坑から出土した土器片は、整理されたものとそのままの状態のものを生で提示する。


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 縄文後期土器や弥生時代は、山の下遺跡遺物かな。


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 小さな土器と一緒に、この大きな方の土器も並んでいたのだが、見当たらない。整理をしているうちに削除してしまったらしい。


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 小さい土器の写真を貼り付けておく。


 こういった地道な小さな試みがいい。集まった方々は、この近くの方々のようだった。ここを故郷にする方々にとっては感動ものだなと思う。
 写真も自由、人が集まる前なら触れてもいいということで、故郷の過去の人々の営みや息吹を実感できだあろうと思うと、羨ましい限りだ。
by shingen1948 | 2009-09-17 05:48 | ◎ 埋蔵文化(古墳・それ以前) | Comments(0)