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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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会津大塚山古墳

 今年の夏に会津へ出かけことについて整理している途中で、適時性を考えて別の整理に入った。しかし、もう少し整理しておきたいことがある。その一つが、大塚山古墳についてだ。
 この古墳は、東北にはその時代に古墳があるはずがないと考えられている中で解明された古墳という位置づけがあるらしい。それが波及的に、中通り浜通りの古墳の時代の仮説に影響を及ぼしたということだ。福島県の古墳のシンボル的な存在らしい。
 ちょっとおじけるところがあって、散歩人として興味を棺桶の蓋にした。
 「8月の忘れ物②:棺桶の蓋を見て」、「大塚山の山頂:前方後円墳の円墳部の興味」と、散歩で思いついたことを勝手に書いていた。
 それを、「福島県立博物館紀要第11号」で「会津大塚山古墳 南棺と北棺」(藤原妃敏・菊地芳朗)と題する論文に出合ったことで、少しその価値が実感できててきて、「大塚山の棺桶の蓋」として不謹慎に見ていた景色をどう見ればよいかということで少し整理した。

 今年の夏に出かけてみたら、この古墳の辺りは整備が進んでいて、楽しく散歩できそうになっていた。
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 後円墳部に行ける道の近くには、前から案内板があったのだが、その他に、現地の様子が分かりやすいように、補助的な表示板が整備されていたのだ。

 前から後円墳部は分かりやすかったが、前方墳部は、ちょと分かりずらいところがあった。それが、この補助案内板で分かりやすくなり、更にその他の古墳との位置関係もより明確になった。
 この補助の案内板が、後方墳部端の北側と2号墳から南西の方墳端に向かう道の中間あたりに設置された。
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 その案内板によるとこの辺りが、北側の方墳端あたりと思われる。


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 今まで一続きとしてイメージしていたが、これが、2号墳ということのようだ。


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 ここが、南側の方墳端あたりのようだ。


 漠然とこの辺りが古墳らしいと思っていたことが、もう少し明確にイメージできたことで、その規模の実感を持つことができるようになったということだ。

 昨年も整理しなかったが、散歩をする人に親切に案内する工夫は、昨年から実感はしていた。
by shingen1948 | 2009-09-11 05:54 | ◎ 埋蔵文化(古墳・それ以前) | Comments(0)