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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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「桑折西山城中舘跡 発掘調査 現地説明会」⑦~出土した遺物

 中舘跡からは、14代伊達稙宗がこの西山城を居城したであろうと思われる15から16世紀代の遺物と、14世紀ごろに使われていたとみられる遺物、そして、17世紀後半の遺物が出土したとのことだ。
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 15から16世紀代の遺物のうち、この右側の陶器が、越前(福井県)で焼かれた陶器甕片で、中通りでは3例目という珍しいものとのこと。茶葉等を入れる容器で、伊達家への贈答品と推定されるもので、戦国大名伊達氏の居城にふさわしい遺物とのことだ。
 左側が、この時代の在地産の陶器らしい。


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 右から、中国産の青磁や染付磁器という貴重品も出土しているようだ。
 左側が、愛知県から岐阜県南部で焼かれた陶器皿とのこと。宴会で使われる「かわらけ」と呼ばれる素焼の土器も出土入しているという。


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 瓦質土器とあるのが、すり鉢の底の部分らしい。茶臼とあるのが、抹茶を作る時に使う石臼の下の部分。
 ここまでが、15から16世紀代の遺物とのことだ。
 左上の飯坂岸窯 水注、ふたとあるのは、飯坂で焼かれた陶器で、17世紀後半代の遺物とされる。これは、新規築城の計画に関わるのだろうかとのこと。

 この他に、この時代以前の14世紀の遺物が、少し出ているとのことだ。それらは、本丸とのかかわりで積み重ねられる資料だろうか。

 散策人にとっては、たったこれだけのかけらで、産地や用途まで推定できることに感心する。今回の陶器片が、中通りでは3例目などという風に、経験則によることや、土質等から産地が分かるなどの分析によることなどの積み重ねによるのだろう。


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 昨日大手門調査区を整理するときに忘れ物をした。
 大手門調査区の西山城の部分としての図を、ここに貼り付けておく。二ノ丸に向かう旧道はこの大手門の脇を通る道のやや下方に細道で描かれている。

 これから枡形虎口にいたる通路や虎口に入ってからの経路は、もう少し調査を重ねるとのことだ。
 お陰さまで、この城のイメージがつかめかけている感じがする。できれば、西館・隠居館についても教えていただきたいもの。
by shingen1948 | 2009-09-02 05:09 | ◎ 会津への路(伊達政宗) | Comments(0)