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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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「桑折西山城中舘跡 発掘調査 現地説明会」⑥大手門

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 これは、桑折西山城の今回調査が行われた調査地区を示している図だが、中舘跡とともに、大手門についても調査が行われている。


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 資料は配布されなかったが、西山城全体のイメージの中では、昨年度調査があった部分との関連付けた方がイメージしやすいとも思う。
 これは、昨年度頂いた資料だが、この砲台跡と二の丸に挟まれて大手門跡がある。


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 これは、今回説明会の受付が行われた大手門の内側から大手門をみている。


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 これは、大手門の砲台跡土塁から大手門の脇まで延びている土塁上から、今回の大手門発掘調査がされている部分を見ている。テープで示されているのが、大手道だが、この大手道は、谷底に向かうラインだということだ。


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 これは、現在の路を登って大手門に向かう方向からみている。奥が大手門の方向だ。
 テープで示されたところが、大手道で、右の谷底につながる。


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 表面はでているが、ここは、本丸方向から水が集まり流水の影響を受けやすい所のようなので、遺構跡が存在するかどうかということか。


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 これは、計画書の中にある大手門付近の通路を道路に表示したり、解説板を建てたりする整備計画図の部分だ。「お」の土塁が砲台場跡、☆8が「二の丸南側の堅堀と虎口」の案内板を建てたいところ、☆12が大手門跡の案内板が建てたいところという位置関係だ。赤い部分が、遺構の路面を提示したい所ということらしい。
 現地説明では、将来的には谷底の「大手道」を調査して整備し、実際に使われていた道を通じてお城の中に入れるように整備したいとのことだった。
 余計なことだが、この整備計画で気になるのが、ここから二ノ丸に向かう旧道はこの大手門の脇を通る道よりもやや下方にあるようなのだが、そこに触れていない。その道を潰して整備してしまうのか、それを残しながら整備するのかが不明なことだ。
 この道、現在の道と重なりながら、今回見つかったとされるこの虎口への登り道地点とつながっていたということが、読み取れるのだが、……。
 計画書では、城内の旧道の奥州桑折之図とかかわらせて、整備計画を検討していることは伺える。
by shingen1948 | 2009-09-01 05:24 | ◎ 会津への路(伊達政宗) | Comments(0)