地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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神指城跡③本丸

 この辺りが本丸あたりということは分かるが、草原だ。車から降りて、きょろきょろ見渡すと、想定のポイントに印されているものが見えた。ありがたい。
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 それを頼りにすると、この辺りが北の本丸への入口らしい。その案内の表示は、草むらの中央にある小さな立札。
 この奥の左手に、もう一つの表示が見える。


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 この奥の左手にある表示によると、ここが石垣になっているということのようだ。ただ、蔓草に覆われている。ここから全体的に眺めてイメージするには時期が悪い。秋から冬にかけて、緑が枯れ落ちる時期ならイメージしやすいかもしれないと思う。


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 後側に回ってみる。


 南東角側に進む。
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 こちら側は、平地になっていて、その角に南東角の印がされていた。この堀のラインが本丸南側の石垣のラインだろうか。南側の堀のラインに沿って、散歩道を整備しようとしているようだ。

 この城は、慶長5年(1600)6月には本丸と二の丸の土塁と石垣、水堀と門が完成したと聞く。そして、本丸は石垣造りだったというのであれば、この角には櫓が建つ土塁と石垣が積まれていたはずだと思う。
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 ここが更地になっているは、その石垣がはがされ、土塁を堀の中に崩したのだろうかと想像する。


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 手前の橋が、堀にかかる橋だ。堀のラインに沿った脇の高台が、石垣が剥がされた土塁だろうか。


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 とりあえず歩いてみる。民有地に勝手に入りこまないように、注意書きがある。生活保持と史跡の保持のバランスのとり方に苦慮していることが伺える。
 この本丸は、興味のない人には、ただの藪。家人には車の中で待ってもらった。


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 ここ本丸からは、二の丸北東隅の土塁は、こんなふうに見える。バックに磐梯山が見えるのがいい。


 ここから出て、南西端あたりを確認したいとの思いが通じたのか、同乗者を説得するのに都合のいい道案内が登場する。
 「新撰組殉難の地」の案内だ。
by shingen1948 | 2009-08-20 05:55 | ◎ 信夫の里(天地人の時) | Comments(0)