地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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箱崎大舘

 散歩の整理は、そこで出会った心の糸線に響くものなのだが、常にそういうものあるわけではない。何もないことが淡々と積み重なって、突然心に響くことがみつかるということだ。今回はその淡々と積み重なるできごとの整理だ。

 箱崎大舘について、確かな情報があるわけではない。「伊達町指定文化財」の「伊達の歴史」の項に、鎌倉から室町時代にかけて伊達氏の家臣石田氏とかかわるらしいことを見つけているといった程度だ。この情報も、自分には石田氏は霊山というイメージがあって、どんなかかわりかは今のところ納得しているわけではない。
 応永年間(1394~1427)には、伊達大善大夫政宗(9代の政宗)と長倉入道は、桑折赤舘と長倉舘に拠って,足利満兼の大軍と激戦を交えている。伊達氏の家臣である石田氏の箱崎大舘や、岡舘が築かれたのも、鎌倉から室町時代にかけての時期であり,岡村には天文3年(1534)伊達植宗の子息清三郎の入嗣した修験(山伏)極楽院がある。(伊達の歴史)

 ここに登場する長倉館と岡舘、そして修験(山伏)極楽院は先に訪ねた長岡にある。また、岡舘は、岡陣屋を中心として整理し、古くからここに館の痕跡があったことを整理して、その時代を中世と想定しているらしいことを付け加えていた。
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  箱崎大館を住所で確かめて出かけたら、そこは元箱崎小学校跡地の向いにある桃畑だった。ぐるりと回ってあたりを確かめる。


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 小学校跡地からちょっと中に入ってみると、平坦地ではないらしいことがわかるが、とりたてて何かがあるわけでもない。


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 北側は、平坦な桃畑、


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 西側からも覗けそうだ。高台の端のような気もするがよく分からない。


 家に戻って、この館をマホロンの検索で確認したら、地図に箱崎館とある地域の中心からははずれていて、山沿いの街道あたりにプロットされていた。確認している位置が微妙にずれていることが分かる。
 いつかは確かな情報をつかめるはず。機会をみつけて、プロットされている位置の景色を確かめてみようと思うが、今回はここまでにする。
by shingen1948 | 2009-08-14 05:17 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)