地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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「掘込稲荷」

 「掘込稲荷」は是非に見つけたいというものではなかった。ただ、「道ばたの文化財」に、初めての人は見過ごしてしまうかもしれないとあるので、挑戦の意識を持ったまでだ。
 その稲荷は、今は右宮しか残っていないが、掘込稲荷は伊達町の旧箱崎小学校近く、畑の奥まった所にあるということだった。
 このあたりに出かけるたびに、それとなく探していたのだが、確かに見つからなかった。
 それが、今回「箱崎館」を確かめようとして地図を確かめていたら、その地図に掘込稲荷がプロットされているのを見つけたのだ。それで、地図をもとにここに来てみようと思ったということだ。
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 見つからなかったのは、道からはなかなか見えない位置にあったことが分かった。奥の赤い部分がその鳥居だ。


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 「道ばたの文化財」の案内では、祠だけだったが、実際に行ってみると、社が建っていて鳥居もありた。
 石段には、猫が長くなって寝ていた。


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 その中に、祠があった。
 土地の人は、「ほっこめ」と呼ぶということだ。
 「道ばたの文化財」では、「買いおなごの悲話を伝えて」と題して解説するが、伝説なのか、実話なのかは分からない。ただ、子供が労働力の一つと位置付けられていた時代、買いおなごは実際にいてもおかしくない。
 安政3年頃、この辺りの富農は、越後から娘を前金で買ってきて年季奉公をさせていた。その中の20歳そこそこの娘が子供を産んだので、前借りを棒引きにして故郷に帰そうとしたが、娘は帰らなかったという。
 ところが、子供を背負っていなかったので、主人が訳を聞くと、畑に埋めてきたという。驚いて畑を掘り起こしたが、子供はすでに息を引き取った後だった。
 これを憐れんで村人が稲荷を建立し、掘って埋められた赤ん坊の霊を弔うため、掘込稲荷と名付けた。(道ばたの文化財)

by shingen1948 | 2009-08-12 06:09 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)