地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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「伏黒河岸寄蔵」?

 上郡渡し跡記念碑に、
 「江戸時代、信達地方には9ケ所以上の河岸があり、上郡河岸は山形の幕領屋代郷の年貢米積み出、桑折郷から保原へ通じる保原道の発着河岸で、物流往来の重要な場所として川筋は賑わいを呈していた。」とある。
 ここには、二つの観点がある。
 その一つは、渡しの観点からの河岸であり、もう一つが、物流往来の重要な場所として発着としての河岸だ。
 渡しの観点は、実際に三本木の渡しに乗った経験もあるので実感しやすい。しかし、物流往来発着河岸の観点は、まだ実感がわいていない。
 福島市内の散歩で、福島城の河岸は復元されているのを確かめ、舟場町の河岸の話も聞いた。また、河岸蔵として米沢藩の蔵も見ている。
 米沢藩年貢米蔵については、先に「米沢藩年貢米蔵」と「米沢藩年貢米蔵の2」として整理している。
 それでも阿武隈川の河運をまだ実感できないでいる。
 
 伊達町の文化財のページに、「伏黒河岸寄蔵」の紹介がある。
 それによると、
 「寛文年間(1660年代)阿武隈川畔に信達地方の年貢米を貯蔵する10か所の寄蔵(河岸蔵)がおかれた。
 伏黒河岸寄蔵はその中の一つで、阿武隈川沿岸に現存する唯一の旧跡である。年貢米は仙台に送られ、更に荒浜から江戸に送られた。寄蔵は江戸時代の産業`交通の有様を示す重要な文化財である。(昭56.2.18指定)」と紹介される。
 その住所を頼りに散歩のたびに探していたが、今までみつからないでいた。今回、駅前の案内板をみて、探していた場所が微妙にずれていたことに気がついた。
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 河原を歩いていて、不思議な景色と思って眺めていたこの石碑群の近くのような気がした。


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 多分、これかなと思えるものを、隣の家の塀越しに見かけることができた。ただ、声をかけて聞くだけの確からしさには自信がない。


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 なお、先日、福島あたりを散歩していて、現在解体中らしい米沢藩の蔵をみている。
 実感を求める感覚が、景色の変化に追いつかない。
by shingen1948 | 2009-08-10 06:06 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)