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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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飯坂東線⑧

 散歩していて思うのは、その地域の方々には当たり前の風景が、訪ねてきたものに突然新鮮な風景になって語りかけてくることがあるということだ。
 飯坂東線も、そんな語りかけられた風景の一つだった。

 ここに来るまでは、懐かしいチンチン電車の延長としての興味でしかなかった。それが、ここに来てみるとその役割よりも、地域間交通の役割が大きくて、その重要性から騒動まで起きていることを知ることになった。
 その名称からは、飯坂遊覧をめざしているように見えるが、これもカモフラージュするためのねらいで、真のねらいは地域間交通ということだった。

 飯坂東線に沿った散歩で感じるのは、そのこだわりの根本は絹ということだ。拠点地域を結ぶということも、その理由は絹の道をつなぐことだったのだろうと思えてくる。多分ここにすんでいれば、それは当然のことなのだろうと思う。しかし、他所から入ってくると、そのかかわりが新鮮に感じる。

 飯坂東線の敷設は、福島シルクロードの創設だったというのが、散歩を通しての私見だ。
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 長岡分岐点は、その伊達方面の各拠点の絹が集まる重要な拠点であり、その伊達の絹の重要地点である長岡分岐点と福島を結んで東の福島シルクロードとなる。

 自分の経験は、福島市内のチンチン電車でしかないのだが、この辺では、貨物を引いていた電車の風景がみられたとか、長岡分岐点を挟む2社の山王様での絹取引きの話とかを聞く。
 今も地域で「分岐点」というイメージが生きているということは道を訊ねて分かった。
 地域にとっては、それは当たり前になっていている日々の風景だろうが、訪ねてきた者には、立派な門構え、倉のある風景も含めてその影響を感じる。

 そして、この辺りを大きく見ると、小さな福島という地方都市に日本銀行等重要な銀行の存在等々ということも納得できる。
 廃線になった川俣線は、南の福島シルクロードであり、この飯坂東線とは、川俣ー飯野ー松川で東北線につながり、東北線松川ー福島でその輪が閉じるというつながりを想像して、勝手に納得している。
by shingen1948 | 2009-07-31 10:31 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)