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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン

飯坂東線⑦~長岡分岐点から②

 長岡分岐点から保原方面の飯坂東線の跡はよく残っているが、伊達駅(長岡駅)・湯野に向かう道筋の痕跡はほとんどないようだ。

 分岐点から奥州街道に沿って進み、信号を曲がって行くこの道筋に沿って、飯坂東線は進んでいたらしい。
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 この左側の細道が電車道のような気がする。確かではない。


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 奥の伊達駅方面に看板の建つこの建物のあたりが、電鉄の車庫だったらしい。ここを経由して湯野に向かったようだ。
 今回は飯坂東線の整理だが、この写真の右側が伊達小学校で、この東側に神社があって、そのあたりも含めて中世の館である長倉舘らしいのか゜気になる。


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 飯坂温泉に行くのに、昔は伊達駅で降りて、この電車で湯野に向かうと利用法があったということなので、その伊達駅駅舎の写真も貼り付けておく。
 待合室の椅子は木の椅子で、レトロな感じがいい。


 長岡分岐点―車庫前―伊達駅前―湯野の道筋だろうと思うのだが、本当は具体的な道筋は見えていない。
Commented by skanno at 2009-07-30 19:44 x
1番上の写真はシンさんのおっしゃるおりです。2番目の写真はそのとおりですが、長岡分岐点から伊達駅に行く電車と旧車庫前を通って湯野方面にに行く電車は途中で分かれてそれぞれ目的地に向かいました。従って湯野方面の電車はJR伊達駅は通過しませんでした。なお2番目の写真の延長上にある東北線を跨ぐ自動車道の陸橋はかつては電車の跨線橋でした。この陸橋を渡って湯野へ向かいました。もちろん改修されていると思います。関西在住のskanno
Commented by shingen1948 at 2009-07-31 10:40
 関西からのお教えありがとうございます。お詳しいですね。
 おかげ様で、道筋が見えてきました。湯野ー伊達間はよく通るのですが、いつも通過点でしかありませんでした。
 今回、じっくり雰囲気につかってみましたが、もう一度出掛けてみたいと思っています。

 
by shingen1948 | 2009-07-30 05:47 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(2)