地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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福島の虚無僧~普化宗尺八の大家 神保政之助

 安洞院では、尺八の名手として神保政之助を紹介している。
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 これは、寺の山門前に建立されている顕彰碑とのことだ。碑面は、神寶普巌居士と大きく刻まれているだけだ。案内板には氏の尺八供養時の素晴らしいさが説明されている。

 同寺は、文知摺観音の別当寺になっているのだが、その展示館には、この神保政之輔のコーナーがあり、愛用の尺八や直筆の尺八譜面等が展示されている。
 そのコーナーには氏の紹介がある。
 普化宗尺八の大家 神保政之助
 (大正3年(1914)1月24日没73歳)
 普化宗明暗寺住職堀田侍川の門人で尺八の大家
 全国を行脚すること4回、京都妙心寺管長今川貞山禅師に教えを受け、神寶普巌居士の法号を授与される。
 後に名曲「奧州三谷」を作曲 全国に門弟数百名を擁する
 晩年福島にとどまり安洞院壇徒の齋藤源太郎宅で歿する。

 ここに立ち寄ったのはずいぶん前だが、自分の興味の範囲内なのか、範囲外なのか決めかねていた。

 それが、「道ばたの文化財」を見ていて、福島の虚無僧の話が目にとまって、興味の範囲内に近づいた。
 福島には、蓮芳軒という虚無僧の寺があったという。虚無僧の寺は、福島県でもここと東白河郡塙町の武音寺・相馬市中村の喜染軒・伊達郡川俣町の清涼軒の4つしかないという。

 神保政之助は、この蓮芳軒に4年ほど滞在し、その間かその後の北海道小樽に渡ったあたりかで、尺八の曲の中で名曲といわれる「三谷」という曲を越後明暗寺住職堀田侍川と共同で作曲したらしい。この曲の神保政之肋の演奏が素晴らしので、曲名に「神保三谷」と演奏者の名前をつけて呼ぶことがあるという。

 氏の略歴は、あちこち確認するとおおよそ次のようだ。
 天保12年6月19日越後の新発田藩生まれ。
 越後の普化宗明暗寺の住職の堀田侍川の門人となる。東北の尺八の名人で「神保の三谷か、三谷の神保か」と全国に名を轟かせた虚無僧。岩手の虚無僧桜田要助に「鶴の巣籠」を教わり、自作の「奥州三谷」「神保三谷 神保巣籠」の曲をつくり諸国行脚の途に京都に立ち寄り、妙心寺の今川貞山公から「神寶普巌居士」の号をいただく。

 ここに文知摺観音の資料館の説明を付け加える。
 晩年は福島の齋藤氏の元に身を寄せる。大正3年1月24日ここで没する。

 尺八という楽器の歴史的な背景を確認する。
 尺八は、江戸時代には、普化宗という宗派の法器として虚無僧のみが演奏するものとされた。建前上は一般の者は吹いてはならなかったが、明治時代以降に、普化宗が廃止されて虚無僧以外の者も演奏するようになったということだ。

 一般の人々への尺八の広まりは、この虚無僧の末期現象とかかわるらしい。
 その一つが、勇士浪人一時の隠れ家の宗派に「一代本則」(終身虚無僧の意味)などと称する特例が生じ、知行百石以上の妻帯者も法縁を結ぶに至ったということ。多分、これが小さい頃見ていた時代劇からイメージした虚無僧の背景だろうか。
 更にもう一つが、尺八指南所である吹合所の開設らしい。
 神谷政之助もその一人として、広く民間に尺八を教授している。
 これらは、普化宗門としては不名誉なことだっただろうが、尺八が、音楽の楽器として一般人に広がるきっかけとなったことにつながったと思われる。

 音楽として継承する尺八の愛好家が、この神保政之助をどうみているかだが、あちこち検索してみると、案内されていた通りで、評価が高いようだ。

 三谷について
 尺八の古典曲の中で奥州地方で特に発達した三曲は「三谷、巣篭り、鈴慕」。
 神保政之助作曲の神保三谷は奥州三谷と云ったそうですが、政之助が長期間、毎日欠かさずこの曲を吹いたので神保三谷というようになった。
 尺八も独特のつくり「9.5分割」「唄口部分がほとんど平らで掘り込みがない」「細身の竹」等々。
サンヤと呼ばれる曲名の古典尺八本曲は、鈴慕と共にいろいろある。この三谷の他に、山谷、産安、神保三谷、三谷菅垣……。地域や流派、寺によっていろいろと吹かれたものと思われる。
 サンヤとは梵語の集合を意味する音訳であるという説、三味の転化したものとする説、この曲の中の一の高音、二の高音、三の高音の部分からなる構成から言われたもの等々。

 産安 (尺八古典本曲) 
 新潟地方の伝承曲で、幕末の名手神保政之助が伝えた「神保三谷」ともいわれる奥州三谷がそのルーツとされており、「奥州薩慈」も異名同曲といわれる。
 「産安」には虚無僧が得た布施米を尺八の中を通してから炊き、産婦に与えて曲を吹いて聴かせると安産まちがいなしとか、産夜つまりお産の夜に安産祈願のために吹く曲だという言い伝えがある。

 寺の山門前顕彰碑の脇に説明されていた尺八供養時の音色に感動した話に、ここまで確認してようやく心から納得できたという自分の見識のなさ。
by shingen1948 | 2009-07-24 05:14 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)