地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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郷土史「信達一統志」の著者を訪ねる

 「道ばたの文化財」(ふくしまの心をたずねて)に、志田正徳の墓は舟戸の共同墓地にあると紹介されていた。
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 氏は、江戸時代の郷土史家で、通称は春治、自淡亭と号した江戸時代の学者だ。寛政2年(1790)信夫郡鎌田村に生まれ、同村の渡辺甚七に学んだ後、江戸にでて儒学者古賀小太郎に師事し、その後郷里に帰り、家業のかたわら信夫、伊達二郡の事跡を調べて歩いたという。

 この地域の郷土史家は、意識するしないにかかわらず彼の著わした「信達一統志」を基礎資料になっていることが多い。信夫、伊達二郡の由来、伝説、古碑などを網羅し、正徳の豊富な知識、足で確かめた調査などが高く評価されているからだ。
 「信達二郡村誌」とともに、こういった地道な基礎資料があって、郷土史家がその上に実績を積み上げられている。おかげで、散歩人は、新たな想像を膨らませ、過去とのつながりを実感しすることができ、楽しい散歩ができる。


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 これは、舟戸の共同墓地六差路の交差点からの眺めだが、この辺りを散歩しているついでに、敬意をあらわすのに立ち寄った。二日ほど写真にあった「志田白淡翁墓」を探したがみつからない。志田家のテリトリーのような場所は確認できたが、よく分からなかった。


 家に戻って再度確かめたら、みつからなかったのは当然だった。もとは確かに、ここに氏の墓はあったのだが、今は飯野町に移転しているとのことだ。
 子孫が北海道に移転し、一族が飯野町大久保に移転したことに伴ってのことらしい。
Commented at 2012-07-09 20:16 x
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Commented by shingen1948 at 2012-07-11 17:22
 半沢氏の「歴史地図」によると、国道四号線バイパスの東側で八反田川北側沿いにその生家がプロットされます。ここでの師匠渡辺甚七の生家は、その東側という位置関係のようです。
 氏の「信達一統志」は、信夫の里を散歩する者にとっては有難い資料で、福島市史資料叢書(福島市史編纂委員会)の30号に集約されています。
その中での庄司氏の紹介によると、調査は天保8年に実施したが、父の許可が得られずに、天保12年になって稼業の合間をぬって信夫郡を整理したとうことのようです。嘉永4年に伊達暮子坊荘と川俣小手のみの整理で、品類収録や年表も残されていないとか。
ここに挙げた「信達二郡村誌」は明治12年に官の命で書き上げられたのに対して、私的にという偉大さで、先人の風土記類をつぶさに研さんして、自ら歩いて事実を確認したこと、新たに伝説、古碑などを採集して成稿していることが特徴的だといわれています。
子孫が北海道に移転し、一族が飯野町大久保に移転したとの情報を得たのは、舟戸の共同墓地内を探していた頃ですが、情報源は、不明です。

三浦氏は後にしますが、詳細は分かりませんが、最近、昭和10年に、靖国神社に祀られたとの情報を得ました。
Commented at 2012-07-13 18:53 x
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Commented at 2012-07-13 18:57 x
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Commented by shingen1948 at 2012-07-15 05:20
志田氏の情報はないので、この地域の一般論としての話ですが、向舟戸集落と長楽寺が結びつくと、上杉家臣をイメージします。
もしそうなら、上杉氏の厳封に伴い、二本松を中心とした地域から信夫伊達地方に大量の家臣が移動します。更なる厳封によってこの地に残ったという経緯も考えられなくもないとも、……。
本荘氏と向舟戸集落の方々のつながりにかかわることを地方ニュースで見ることがあります。
Commented by shingen1948 at 2012-07-15 05:33
三浦権大夫氏については、「二本松市ホームページ」の「ふるさと人物史」に簡潔に説明されているようです。
http://www.city.nihonmatsu.lg.jp/soshiki/54/382.html

情報として、賊軍のレッテル中、唯一靖国入りして、尊王義士として祀られたのは当時の内閣総理大臣、原敬が、上奏した為だったとか。 その見方は、原本人も、南部藩出身で、賊軍のレッテルの中首相だった方という捉え方がベースになっているようです。
Commented at 2012-07-16 16:13 x
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Commented at 2012-07-16 16:32 x
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by shingen1948 | 2009-07-22 05:42 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(8)