地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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北矢野目館主~福地帯刀

 「福地帯刀」については、北矢野目館主として整理してきた。しかし、北矢野目館主ということ以外あまりよく分からない。ところが、6月アクセスの検索ワードで多かったのが、その「福地帯刀」なのだ。
 自分でも「福地帯刀」を検索してみて気になったのが「佐野氏」とのかかわりだ。
 この佐野氏は北関東の領主とともに反北条氏の体制をとり、その中心である佐竹氏に従って合戦に参加したとも、後北条氏方で小田原城に籠ったとも受け取られる記述がある。あまり有力者として登場しないが、佐野市とのかかわり等もあるらしい。
 その家臣団に「福地帯刀」の名が出てくるのだ。単なる同じ名前なのか、それとも同一人物なのかは分からない。
 ちょっと気になるので、福地帯刀について分かっていることに抜けがないかを、箇条書きに整理して確かめておく。
 ○ 福地帯刀の墓碑と言い伝えのある板碑は、矢野目地区の共同墓地板東墓地にあること。
 そこには、その家臣に福島氏・阿部氏がいることや地区の世話人福地氏と久間木氏が紹介されていること。
 ○ 福地帯刀は慶安3年(1650)に死去し、瀬上の浄土真宗台巌寺から法名が送られているということ。
 ○ 福地氏については伊達氏家臣とも蒲生氏家臣ともされていること。

 これらは、主として「ふるさと矢野目の伝承」からの情報を元にして整理してきた。
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 このうち、福地帯刀の菩提寺である瀬上宿の浄土真宗台巌寺については、瀬上宿の散歩を整理する時にとも思って、まだ整理していなかった。とりあえず写真だけ貼り付けて、この寺は古河善兵衛の創建関係の一つとして挙げられていることを付け加えておくことにする。
by shingen1948 | 2009-06-30 07:12 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)