地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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信夫橋~名橋「メガネ橋」の擬宝珠

 曽良氏書留の句碑「五月乙女にしかた望まんしのぶ摺」を探して、その句碑の近くの幼稚園で、信夫橋の親柱をみつけた。
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 tukaさんから、その信夫橋の擬宝珠が中央学習センターに保管されているという情報をいただいたので、さっそく出かけてみた。


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 事務室でお尋ねしたら、3週間前に「ふれあい歴史資料館」に移動したということだった。


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 入口近くに展示されているのだが、入ると後ろ側になってしまうので、きょろきょろ見回してもみつけられずにお手数をかけてしまった。


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 実際に建っていた当時の写真が掲げられている。ちょっとピンがあまいが、幼稚園の親柱だ。その上に下に置かれたコンクリート製の擬宝珠が上にのせられて、それにこの銅製の擬宝珠が被せられたのだろうか。


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 幼稚園の擬宝珠に比べ大きめでどっしりとした重みを感じるのは、室内のせいだろうか。


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 作成された年代と、かかわった13名の名前が刻まれている。その中に、三島県令の名もみえる。自由民権運動を中心に散策すると、鬼県令のイメージ散策するのだが、見方を変えて、福島発展のための道路網の整備という点からは、やや自己顕示欲の強さは見え隠れするが、その貢献度は大きいように思える。


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 この擬宝珠とかかわって、明治18年に竣工し、明治24年に流失した名橋「メガネ橋」の写真と、


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 解説が展示されている。


 きちんと整理した中でこの擬宝珠を見ることができたことに満足している。タイミングよいご紹介に感謝する。
Commented by TUKA at 2009-06-28 17:35 x
歴史館に移設されていたとは存じませんでした。
失礼致しました。
廊下の隅っこで邪険な扱いをされてましたが、人の目に触れるようになって何よりです。
逆に触ったり持ち上げたりすることはできなくなりましたね(笑)
Commented by shingen1948 at 2009-06-29 14:04
 いいものに出会えてよかったです。
 確かに五感を通して認知するにはちょっとすましたところですが、展示は囲っていませんし、子供相手のところなので、板倉氏関係以外は、写真撮影自由で気軽です。
 この気軽さは、ちよっと行ってみるかと思うのには大切な要素ですよね。そういう意味では、ダメになるのが、整備されてくるとガラスケースに入ってしまうことでしょうか。
 そういえば、会津の資料館もフラッシュをたかなければ写真撮影自由でしたね。ケース入りで、絶対だめが、県の資料館でしょうか。
by shingen1948 | 2009-06-28 05:01 | ◎ 福島の建築 | Comments(2)