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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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曽良氏書留句の碑

 「早苗とる手もとや昔しのぶ摺」にかかわって、『「文知摺観音」での忘れ物②』で、市内の句碑について触れた。そのうち、「明治12年に斎藤忍山が、県庁前公園に建立したという句碑」について確認していなかったのが気になっていた。
 その句は、「五月乙女にしかた望まんしのぶ摺」という曽良氏書留めの句で、これをもとにした句碑で、この句の原点とも言うべきものらしいということだった。

 紅葉山公園や県庁南裏あたり、それに議会前あたりを探ったが、みつけられなかった。家に戻って、いろいろな散策の本を確かめると、福島第一小学校校庭だとか福島第一幼稚園だとかに芭蕉の句碑があるというのをみつけた。
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 それで、次の日にはそちら側を中心に探してみた。


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 すると、最近土塁跡沿いに公園化したところに句碑があった。みつけてしまうと、なぜ見つからなかったのが不思議なくらいなのだが、……。
 その句を確かめてみると、「しのぶ」が、漢字で「信夫」で「しかた望まん」は「志かた望まん」であったが、斎藤忍山建立であり、探していた句の碑であることが分かった。気分的にすっきりした。


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 隣には、明治天皇行在所碑が並んで建っていた。


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 その北側の幼稚園の校庭をみると、大きな円柱があるのが気になって確かめると、信夫橋の親柱だった。信夫橋の2対のうちの1対がここにきているのだ。


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 この辺りに明治期の石造遺物を集めたらしいが、特にそれ等についての案内はない。


 信夫橋については、先に「信夫橋」
 「信夫橋②」として整理している。その時、御倉ビルに2代目信夫箸のアーチにはめ込まれた亀の彫刻石があるということの確認できていなかったが、何度かの散歩の中で、土手側にあるのは確認できた。

 
Commented by TUKA at 2009-06-26 20:25 x
お久しぶりです。
幼稚園にある擬宝珠はどうやらコンクリート製のレプリカらしく、
本物は鋳造された銅製だったようです。
現在、市内の中央学習センターに一つ保管されており、見学も可能です。
県令や郡長の名が刻まれております。
Commented by shingen1948 at 2009-06-27 12:26
 情報ありがとうございます。
 確認してきます。

 信夫橋は、福島市では象徴的な橋だと思うのに、ちゃんと扱ってもらっていない気がしますね。
 福島城の土塁も含めて、合理的にリサイクル的な活用をしてしまうのが、この地域の発想のようなのが残念に思います。そう感じるのは、自分だけなのでしょうかね。
by shingen1948 | 2009-06-23 05:05 | ◎ 芭蕉の足跡 | Comments(2)