地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28

東根堰電気揚水跡

 現在の東根堰は、阿武隈川の信夫発電所ダムから水を取り、福島市渡利、岡山をへて、保原町まで、7つのトンネルを掘って運ばれ、大柳の丸タンク地点で水を分け、東は梁川町細谷の砂子堰まで、西は伊達町箱崎まで送られる。全長約25km、灌漑面積は約900haで、50の分水口から水が配られている。
 この大規模な用水路の完成は、昭和19年(1944)だ。

 それまで、この東根郷水利は砂子堰と用水池しかなかった。常に水不足だったようだ。
 それを補うため、阿武隈川の水をせき止めて使おうとして失敗を繰り返していた箱石難で、なんとかうまくいったのが、阿武隈川から電力ポンプを使っての揚水だ。
 大正3年(1914)揚水した水を、上保原の大柳を通って砂子堰の水路に連絡させることに成功した。ただ、電気料金、機械の維持管理等々問題が多く、あまりよい運営ではなかったようだが、その後約30年間、現在の東根堰完成まで使われていたという。
 その水路跡が山際に残っている。
a0087378_6154744.jpg
 愛宕神社への参道の登り口の石橋の下を通っていたのもその水路跡だ。


a0087378_6173540.jpg
 ここは、愛宕神社の入口の水路跡だが、その水路跡をたどれば、愛宕神社への入口の公園で埋め立てられているもの、


a0087378_6205273.jpg
 ここから寺までの間、きれいな形で残っている。


a0087378_6222250.jpg
 この用水路、結果のみを重要視する風潮の中では、日蔭者と扱われがちだ。
 しかし、現状打破の精神を感じるべき素晴らしい遺跡だと思う。
 ベストではないかもしれないが、ベターな方法で現状を打破していく精神力のようなものを感じるのだ。
 現状の時代や地域力や技術力の中でなしえる最良の方法を選んできたという先人を誇り、学ぶべきことが多いように思うのだが、……。
by shingen1948 | 2009-06-15 06:25 | ◎ 水 | Comments(0)