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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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また、六角石に出会う

 伊達町の山王通りがあるが、その呼称の元になる山王様が二つある。八雲神社と熱田神社とのことだ。本当はその山王様を確認しようとした。しかし、熱田神社の方がなかなか見つからず、何度か行ったり来たりしてようやく見つけて満足していた。

 ここで少し休んで、何の気もなく隣の寺を見ていたら、大切そうに保存されているらしいものが見えて気になった。
 これが七角石塔だった。
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 この寺は金秀寺という寺で、後で確認したら本庄氏創建の長楽寺とつながりのある寺であるらしい。


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 これが「伊達町指定有形文化財七角石塔」だった。
 ここの石柱は覆いがあって見えにくいが、その分保存状態がよさそうだ。
 案内板によると、年代が1464年とのことで、「平泉の秀衝朝臣が建て給へし」という土人説にしては新しい。


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 この「七角石塔」の西に六角石もあるというのは、この石柱だろうか。
 この石柱とセットということなら、土人説は生きるなとも思う。
 なお、説明案内によるとこの石柱は寺の東の田圃から移したとのことだ。


 最近、六角石について気になる情報も見た。「情報まちづくり二本松のホームぺ―ジ」で、二本松の六角川にかかわるのだろうか、六角信仰として次のような表記があったのだ。
「二本松市松岡S氏宅の下に稲荷大明神の小社があり、その中に六面体の石柱が安置されている。」
 機会があったらこちらも確認したい。

 「七角石塔」案内柱にある説明は以下のようだ。
 
 俗に笠塔婆、一町仏といわれている。後世の一里塚、道しるべの町石に当たるもので、高さ170㎝、七角の石柱上に笠石をつけ、石柱には仏像が浮き彫りにされており、寛政甲申4月8日(1464)と刻まれている。
 信達一統志に「六角石、道の北、人家の傍にあり。又之より西2、3町計りに一町田という屋敷の道の側にあり。東鑑に笠の塔婆と記せり。何のために建てしものか基謂詳(おこりいわれあきらか)ならず。土人説に平泉の秀衝朝臣が建て給へしと云へり」と記されている。なお、七角石塔は寺の東方圃中にあったものをここに移したといわれてえり、塔の西には六角石もある。

by shingen1948 | 2009-06-05 05:50 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)