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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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「阿津賀志山防塁」現地説明会 ⑥

  国見町「郷土の研究」10号(昭和54年発行)の「奥州合戦と二重掘」と題した小林清治氏特別寄稿を読んだ。
 圃場整備事業で、阿津賀志山防塁の一部が壊されるために実施された調査の結果を受けた寄稿文のようだ。
 奥州合戦の史跡としてこの防塁保存の大切さを訴えるが、散歩人としてはこの防塁の構築の労力を想定して大規模であることを知らしめる部分を楽しく読む。
 最初にこの防塁に接した時に、他所から訪ねてきた者にとっては大き過ぎて、なかなか全体が把握できなくて苦労した実感があるからだ。

 計算の基になる条件
 <大きさ>
 阿津賀志山から当時の阿武隈川湖畔まで、約4㎞
 段の越から耕野内までが、一条で、残りは、ほぼ二条
 堀の手前に、土塁を築く

 <元になる作業量の算出>=「段の越」の発掘作業
 幅5mの発掘
 掘りの幅員13.5m・深さ2.8m断面V字
 ここの5mに区間の発掘に要した人員15人で7日、延べ105名
 もっこ・鍬等の道具差を考慮して、200名として計算する。

 作業述べ人数の算出
 4000m(防塁全体の長さ)÷5m(「段の越」の発掘作業量)×200人(当時の作業人員換算)=16万人
 大部分が、2条なので、16万人×2
 ここが、大規模であるので、作業人員が多めであることを配慮して少なめに25万人程度と見積もる。

 これに、以下の施設の構築分を加えて、40万人を想定する。
 ○ 国見山西部の山舘から囲石まで4㎞の構築、
 ○ 光明寺裏手の東越山の土塁、大木戸の本城の構築

 作業員確保の算出
 <借り出し可能人員>
 信夫伊達7郷、刈田4郷で総人口1万1千名、このうち、15~60歳の男子課役対象5千名
 作業日数の算出
 40万人(総作業必要人員)÷5千人(確保される作業員)=80日

 休みなく欠員もない総動員突貫工事で、80日間を産出して、その大規模さと日本古代史の終焉を飾るという貴重な価値を訴え、保存の必要性を唱えている。

 先に北矢野目城散策の時に参考にさせていただいた「ふる里矢野目」では、借り上げられ、動員させられた農民の立場から、その切なさや苦しさを訴えていたなと思い出す。
by shingen1948 | 2009-05-30 05:46 | ◎ 奥州侵略の路 | Comments(0)