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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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「阿津賀志山防塁」現地説明会 ③

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 ここが、今回発掘調査された現場だ。


 ここの説明を聞いて、自分なりに理解したことを説明資料に整理する。

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 黄色の部分が地山の部分だ。
 赤で示した部分が、「硬化質」で、恐らく官道だろうとされた部分だ。
まだ、土が被さっている部分が、「堀込み」と表記されている。
 灰色の部分が、掘りの部分で、茶色がその縁だ。


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 下方の三角形の硬化質の表面が見える部分とそれに続く面が、「硬化質」で官道と推定された部分。
 その手前が堀で、官道とされた表面がラインとしてみえている。その上に、まだ土が載っているという状態のようだ。
 この幅がおおよそ6メートルということで、官道と推定した根拠になっているらしい。


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 四角に掘られたこの部分が、官道と思われる道の表面を掘り出した部分らしい。地山から斜面で下がった所に道が通っていることが分かる。
 これが、先のライン状に見えていた部分とつながっているらしい。


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 その官道が、ここで断絶切断されるように掘りきられているということのようだ。


 ここで読み取るべきことは、次の2点のようだ。
 その一つが、ここが古代の官道「東山道」や中世の主街道「奥大道」など交通の要衝が通っていたところということ。
 そして、その官道を、ここで遮断するように掘りきられていること。

 昨年度の成果と合わせると、ここが大木戸で、主戦場の中心地と推定されるということのようだ。
 この官道と周りの様子の関連や、この官道がどう続くかということも整理しておくことが必要なようだ。
by shingen1948 | 2009-05-27 05:28 | ◎ 奥州侵略の路 | Comments(0)